偶発腫を見落としたら責任を問われるのか
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2ヶ月前

偶発腫を見落としたら責任を問われるのか

偶発腫を見落としたら責任を問われるのか
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 13回目のテーマは 「偶発腫を見落としたら責任を問われるのか」。

よくある病院の謝罪発表

我が国が世界でも有数の 「画像診断大国」 であることは言うまでもない。 CTやMRIなどでさまざまな疾患で画像診断が行われ、 思いもかけないものが写っているケースも多い。 例えば、 悪性腫瘍など画像上の所見から発見されることも多い疾患の場合、 「比較するための過去の画像にも腫瘤陰影があった」 となることがある。

特に、 腫瘤陰影について放射科医師のレポート・コメントがあると、 病院が謝罪発表に追い込まれる。

偶発腫を見落としたら責任を問われるのか
写真はイメージです

診療主科の医師は、 自分の専門分野においては自信を持って読影できる。 過去の放射線科医のレポートをみないまま外来フォローし、 腫瘤の増大や症状発現で精査して腫瘤が初めて認識され、 「レポートにあった!」 と平謝りする図式である。

目的外の 「異常」 陰影、 指摘するべき?

確かに、 放射線科医師が 「○○に3mmの不整形の内部不均一な腫瘤陰影があり、 malignancy疑い。 精査が必要」 とコメントしているのに、 ずっと精査されなければ過失が認定されることもあり得よう。

しかし、 そもそも日常診療での画像診断は、 特定の疾患を疑い、 患者も撮影を希望した上で疾患の有無や程度・鑑別等を行う作業である。 特定の疾患とは全く無関係な 「異常」 陰影が写っているからといって、 主科の医師や放射線科医は読影の際に、 指摘するべきなのであろうか。

地裁の判決例

副腎腫瘍は有名なincidentalomaであり、 褐色細胞腫の頻度も高いために、 腹部CTで肝臓や胆のうの画像所見を求められた場合でも、 見落とさない方が良い。

では、 肺癌の疑いで精査を求められた場合、 「胃の粘膜下腫瘍を見つけられなかった」 として責任を問われたらどうだろう。 最近、 私の担当した事案で東京地裁の判決 (令和6年9月26日判決言渡し) があったので紹介する。

偶発腫を見落としたら責任を問われるのか

【事案の概要】

  • 患者の健康診断で左上肺野の異常陰影が認められた。
  • 胸部単純CTの撮像と読影依頼をされた放射線科クリニック (被告A) が肺がんを疑う。
  • 患者が大学病院 (被告B) を受診。 同院医師の指示で、 別のクリニック (被告C) でPET-CT検査を受けたところ、 胸部の写真に胃の粘膜下腫瘍 (GIST) が撮像されていた。

【結果と訴えの流れ】

  • 肺がん治療 (手術はせず放射線治療) は行ったがGISTは治療しない選択をし、 最終的にGISTからの出血で死亡した。
  • 患者の遺族が 「医師に見落としがあった」 して、 被告ABCらを相手取り損害賠償を請求する訴えを起こした。

【地裁の判断】

裁判所は被告となった病院側の過失をすべて否定した。 特に被告Aとその読影医師について、 以下のように判示している。 控訴審も係属中で、 高裁の判断はまだ不明であるが、 incidentalomaについて適切な結論を導いており、 ぜひ参考にしていただきたい。

  • 本件CT検査は、 健康診断で発見された左上肺野の異常陰影の精査を目的に実施された。 被告Aの注意義務は、 検査目的に関連する範囲に限定されるべきであり、 特別な事情がない限り、 検査目的外の部位 (胃など) に対する精査義務は認められない
  • 患者がCT検査前にGIST (消化管間質腫瘍) を疑わせる症状や既往歴を申告した証拠も存在しないため、 被告Aに胃の病変を精査する義務があったとはいえない。
  • さらに、 胸部 (肺・呼吸器) と腹部 (胃・消化器) は部位や性質が異なる上、 GISTは発症頻度の低い疾患であることも考慮すると、 検査結果に腫瘍が撮像されていたとしても、 被告Aにこれを捕捉する注意義務を課すことはできない。
  • 確かに、 画像技術の進歩により偶発所見の発見が増えているが、 医師に検査目的外の所見発見義務を課すことは現実的に不可能であり、 不合理である

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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