【解説】自治医大訴訟を巡る法的論点
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28日前

【解説】自治医大訴訟を巡る法的論点

【解説】自治医大訴訟を巡る法的論点
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 16回目のテーマは、 自治医科大学を相手取った訴訟に関連する 「労働者の拘束と損害賠償の予定」について。

医療機関での勤務形態と法的立場

医師は、 労働者として雇用される場合もあれば、 開業医や医療法人の理事・理事長として使用者の立場になることもある。 病院などと業務委託契約を結んでいたとしても、 実質的には労働契約とみなされ、 労働者保護の対象になることがある。

いずれの場合も、 労働基準法の基本を理解することが重要となろう。

自治医大訴訟

前借金契約とは

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最近、 自治医科大学の卒業生が、 卒後長期間の学費返済義務を条件とした拘束に対し、 大学や自治体を提訴したことが報道された。

「辞めるなら借金を返せ」 という前借金契約は、 かつて遊女や芸妓の世界で頻繁に用いられていた。 親に支度金を渡し、 一定期間の労働を義務付けることで拘束する、 一種の債務奴隷契約である。 通常は貸付金の一括返済だけでなく、 途中退職、 逃亡に対して事前に約定して置いた損害賠償も合わせて請求することで拘束力を強めていた。

自治医大や防衛医大、 産業医大では、 学費の貸付期間の1.5倍の期間、 特定医療機関への就労を条件に学費を免除している。 いわゆる 「地域枠」 制度も、 当該地域の医療機関への就職を義務付ける点で趣旨は同様だ。

「個別事情」 が争点か

上記の訴訟は、 これから事実関係の詳細な主張が展開され、 争点が整理されていくであろう。 私見を述べると、 自治医大の貸付制度は長年公的に確立してきた制度であり、 直ちに労働基準法違反となるというのは正直厳しいだろう。

ただ、 気の毒な家庭の事情もあり、 どこまで勘案されるかが争点になると思われる。 報道によれば、 家庭の事情などから 「給与がもっと必要になった」 ということでいったん退職届を提出。 その後、 退職届を撤回したのにも関わらず退職となり、 貸付金の一括返還を求められたということのようだ。

裁判としては、 退職の撤回で和解を勧めることになるのではないだろうか

労働基準法と賠償予定の禁止

さて、 自治医大の訴訟にも出てくる労働基準法は、 労働契約における過度な拘束を防ぐため、 以下の規定を設けている。

▼ 労働基準法第16条
使用者は、 労働契約の不履行について違約金を定め、 または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
▼ 労働基準法第17条
使用者は、 前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

「前借金 (advance payment) 」 は、 水商売などでも見られる手法で、 ブラック企業 (医療業界も例外ではない) が労働者を拘束する目的で悪用するケースもある。

裁判例からみる労働者保護

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実際の裁判例を紹介する。 看護学校の研修費用の返還を巡る東京地裁平成10年 (2008年) 3月17日判決をみてみよう。

社員が海外研修に参加し、 帰国後6か月で退職。 会社が研修費用348万円の返還を求めた。 研修の規則では、 「研修後5年以内に退職する場合は会社が負担した研修費用の返済を求めることがある」 と定められており、 社員も同意したためだ。

裁判所は 「研修先が会社の子会社であり、 業務の一環とみなされる」 「規定自体が労基法16条に違反する」 などとし、 返還義務を認めなかった。

一方、 会社の制度を活用した留学であっても、 業務の一環とはみなされず、 自由意志による留学の場合は、 会社側からの返還請求を認める判決もある。

ポイントは業務の一環としての留学であれば、 社員は留学費用の返還はしなくてよいが、 社員の私的な留学であれば、 返還義務を負うというわけである。

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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