HOKUTO編集部
1ヶ月前

日本医療教育プログラム推進機構 (JAMEP) 研究担当理事、 群星沖縄臨床研修センター長の徳田安春氏による「臨床研修医の医療事故リスクに関する論文」 を紹介します。
原著論文はこちら
かつて日本の医療現場では、 研修医が十分な指導体制のないままアルバイト (外勤) に従事し、 医療事故が多発するという深刻な問題が存在した。 この反省から 「卒後初期臨床研修制度」 が導入され、 研修は事実上義務化され、 学習効果も確認されている。
しかし近年、 働き方改革により研修医の労働時間が急速に短縮されている。 医療安全に関する研究²⁾や研修医の医療ミスに関する報告³⁾⁴⁾は存在するものの、 私は 「研修医における労働時間の短縮が必ずしも患者の安全確保に直結しないのではないか」 という懸念を抱いていた。 そこで、 現代の研修医における 「労働時間」 や 「指導環境」 が患者安全にどのような影響を与えているのかを、 最新データを用いて検証した。
JAMEP研究チームは、 日本全国の研修医6,063名 (2022年度、 612施設) を対象とした大規模横断研究を実施し、 「自身の医療ミスに起因する患者の死亡または重大な有害事象」 と、 性別・労働環境との関連を分析した¹⁾。
医療ミスには、 手技ミス、 診断ミス、 処方ミス、 判断ミス、 連絡ミスなどが含まれる。 医療は複雑系であり、 単一パターンでは説明できないことを前提として理解する必要がある。
分析の結果、 女性研修医は男性研修医と比較して重大な医療事故に関与するリスクが約30%低い (オッズ比 0.71) ことが明らかになった¹⁾。
先行研究でも、 女性医師は担当患者の死亡率や再入院率が低いことが報告されている⁵⁾。理由として、 病院内外のガイドラインへの遵守率の高さ、 患者や医療チームとの良好なコミュニケーション、 患者への共感度の高さなどが示唆されている⁶⁾⁷⁾⁸⁾。本研究結果もこれらの知見を支持するものであった。
最も特異な知見は、 男性研修医における 「短時間勤務 (週45時間未満) 」 のリスク増大である¹⁾。
男性研修医 : 週45時間未満ではリスクが約2倍 (オッズ比 2.07) に上昇し、 長時間労働 (週80時間以上、 オッズ比 1.35) よりも高い 「U字型」 のリスク構造を示した。
女性研修医 : 勤務時間が長くなるほどリスクは上昇したが、 もともとのリスクが低いため影響は限定的であった。
①指導・監督の不足 短時間勤務では、 患者経験の貴重な機会や指導医から受ける学習機会が減少し、 臨床能力の習得が不十分となる可能性が高い。
② 学習機会の喪失 : 国際比較から見た 「週45時間未満」 の異質性 ここで重要なのは、 週45時間未満という勤務時間が国際的に見ても極めて短いという点である。
米国では研修医の勤務時間上限は週80時間とされるが⁹⁾¹⁰⁾、 実際の勤務時間は週70時間台が一般的である¹¹⁾¹²⁾。 しかも、 米国の場合、 医師は自宅からでも電子カルテを閲覧したり整理したりする作業ができる。 実際には、 米国の多くの研修医は70時間以上労働している。 欧州でも表向きは週48時間上限だが¹³⁾、実測値は週50時間台以上が多い¹⁴⁾¹⁵⁾。
これらと比較すると、 週45時間未満は主要先進国と比べても極めて短い勤務時間であり、 臨床経験の蓄積という観点からは例外的である。
③研修意欲の低い層の選択バイアス 短時間勤務プログラムを選択する男性研修医の中には、 研修意欲が高くない層が一定数存在する可能性がある。 プログラム責任者は、 この層で医療事故リスクが上昇する可能性を認識し、 危機管理として対応する必要がある。
2020~24年の全研修医での割合を比較したデータ (2万5,368人) では、
• 週80時間以上の労働 : 19.9% → 2.3%
• 週45時間未満の労働 : 2.5% → 24.7%
と推移した。 週80時間以上の群が2–3%に減少したことは、 働き方改革の成果といえる。
しかし、 24.7%、 すなわち4人に1人が 「短時間勤務=医療事故高リスク群」 に属する状況は、 患者安全上の重大な懸念である。 これは、 かつて問題視された 「臨床経験不足による医療事故リスクの高い状況」 への逆戻りを示唆する。
上司や看護師からの 「叱責」 「無視」 「診療方針決定プロセスからの除外」 などの阻害行為が存在する環境では、 重大事故リスクが約1.6倍に上昇した¹⁾。
特に男性研修医はそのような心理的阻害行為を受ける頻度も高く、これがリスク増大の一因ともなっていた。
1. 適切な研修時間の確保
2. 十分な指導体制の整備
3. 心理的安全性の向上
医学生が研修先を選ぶ際には、 これらの要素を確認することが望ましい。
1. 週45–70時間を 「最適研修帯」 と定義し、 短時間勤務者にはベッドサイド指導やケースベース指導 (Case-based Discussion: CbD) を重点配分する。
2. データ駆動型介入 : 医療事故率モニタリングによりリスク上昇施設へ患者安全教育を介入。
3. コンピテンシーベース評価の導入 : 必須手技数や臨床推論ケース考察の質を修了基準に組み込む。
働き方改革は労働者保護としては成功しつつあるが、 患者安全の観点では再設計が必要である。 研修時間の 「過剰修正」 が新たなリスクを生む可能性があり、 研修の 「質」 確保が急務である。
著者 :
徳田 安春 | 健康増進&医療教育の探求者
徳田安春のオンライン言論活動プラットフォーム
健康とウェルネスの増進、 エビデンスとアートに基づいた身体診察、 そして次世代の医療教育と患者教育をテーマに、 日々役立つ情報を発信しています。
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https://muribushi-okinawa.com/sogoshinryo/
お問い合わせ・見学申し込み
群星沖縄 臨床研修センター 公式サイト
✉️ info@muribushi-okinawa.com
X (旧Twitter): @yasuharutokuda
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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