寄稿ライター
10日前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 6回目のテーマは 「患者の自主退院と誓約書、 医療者の責任とリスクは?」
入院が必要な患者が、 どうしても帰りたいといってきかないことがある。 精神科病院であれば、 任意入院であっても精神保健指定医の判断で、 72時間は出さないことが可能だし、 医療保護入院、 措置入院、 応急入院といった強制入院制度もある。
一部の感染症の場合も、 感染症法の規定に従い知事の入院勧告に従わない場合、 強制入院が可能である。 精神保健福祉法などの法令により強制入院が可能なのに、 患者が希望するからといって帰すなら自死などの責任問題が生じうる (最高裁令和5年1月27日判決事案) が、 通常の傷病の場合、 そもそも入院継続を強制できない。
一般に退院は主治医の許可を経て行うが、 患者が希望して退院許可をする場合、 傷病の悪化はもちろん、 傷病によって生命に危険が生ずるリスクがあるような場合には、 「何があっても自己責任です」 という誓約書を徴することもある。 このような誓約書は裁判などで効果があるのだろうか。
まず、 患者の自己責任とするには、 患者が正しい情報に基づいて自己決定していることが前提となる。 前提の説明が間違っている場合は、 誓約書を取りつけていても責任は免れない。
例えば、 塩酸モルヒネで胸痛はおさまっているが、 急性心筋梗塞発症から間がなく、 心室性の不整脈が続いている患者に 「痛みも治まっているなら大丈夫ですが、 念のためしばらく入院」 と説明し、 患者が 「それでも娘の結婚式だから退院したい」 などというケースである。
これは、 外来通院などの際の説明の問題でも同様の考え方となる。 退院した患者が案の定というべきか、 情動の変化により心室頻拍などの不整脈が生じて死亡したらどうなるのであろうか。
医療者側に不利益な判決を連発した裁判官の判決 (東京地裁平成18年10月18日判決) をみてみよう。
大動脈弁閉鎖不全や心不全が重症で、 大学病院の医師が入院を強く勧めたものの、 仕事が多忙であることを理由に入院を拒否していた患者が、 急に心臓死した事案である。
裁判所は 「医師は抽象的に入院精査の必要がある旨を告げたにとどまり、 ~略~、 患者が誤解に基づく不合理な対応をしていることを認識し、 そのままでは突然死に至る危険があったにもかかわらず、 そのことを患者の妻らに告げて患者の誤解を解くための協力を求めることもなかった」 と判示している。
突然死のリスクを告げたと医師側が主張したが、 裁判官は認めなかった。 偏頗な判断としか言いようがない。 突然死を患者だけでなく家族にも明確に示して脅かさないとならないということになろう。
こんな判決がまかり通るならば、 精神科の患者はもちろん、 わがままな患者にも、 「死亡リスクが高く、 入院必要と説得」 とカルテに記載するほか、 個人情報保護法もなんのその、 自宅や会社に電話をかけ、 「ほっとくと死ぬから説得してくれ」 と言わなくてはならないことになろう。
畢竟、 自主退院については 「退院したら死ぬぞ」 と脅かす義務があるということになる。 裁判を意識すれば、 証拠が必要であるから、 自主退院のリスクを説明した形跡を残して患者に最大限の恐怖を与え、 その上で誓約書を書かせないと法律上意味がないことになる。 こんな裁判官には 「患者の自己責任」 は通用しない。
医療事件に関しては、 裁判所が通常重視するとされる契約書などの証拠書類を無意味にするケースも多い。 同意書や誓約書が 「前提事実が違う」 や 「患者側が正常な判断ができなかった」 などとされるのだ。
対策としては診療記録に具体的な文言を書いて、 リスクを説明したことを示すのが良いであろう。
ではどうすればいいのか。 突然死などの危険性は客観的に統計数字などで説明するのが良いであろうが、 何%が正しいのか、 説得的なのか、 付加的なリスクの有無など、 結局は裁判では争われる元であろう。
また、 むやみに患者に恐怖を与えるのが医師の仕事ではないはずである。 過度の恐怖を与えたとクレームが来るリスクもある。 「ドクハラだ」 と騒ぎ立てる人も多い。
私が入院患者を見ていたころ、 化学療法後nadir近いCMLのBlastic Crisis患者が帰宅したいなどと言うと 「今退院?自殺行為ですよ」 と告知するなどしていた。
「自殺行為」 はスポーツでもよく使われる比喩なので、 過度に脅したというクレームには、 比喩で逃げられる。 死亡したら、 まさに、 患者の自己決定であると言えそうだが、 実際に帰宅して、 感染症を併発して亡くなった患者について、 あの時帰してくれてよかったとご家族から感謝されたこともある。
患者の人生であり、 正解はない問題だろうが、 裁判所が決めつけて金を払わせようとするのも現実である。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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