亀田総合病院
16日前

2026年5月15~20日に米国フロリダ州オーランドで、 米国胸部学会 (ATS) 2026 が開催されました。 本稿では、 亀田総合病院呼吸器内科主任部長の中島啓先生に、 同学会における4つの注目演題についてご解説いただきました。
新規診断MACLDへのアミカシンリポソーム吸入懸濁液: ENCORE試験
特発性肺線維症への吸入トレプロスチニル: TETON-1試験と統合解析
気管支鏡下肺生検における生検デバイスの比較: FROSTBITE-2試験
PAP不耐容OSAに対する経口配合剤AD109: SynAIRgy試験
Mycobacterium avium complex肺疾患 (MACLD) は非結核性抗酸菌肺疾患の主要な原因であり、 予後不良な慢性感染症ですが、 多剤併用療法でも治療成功に至らない例が少なくありません。
アミカシンリポソーム吸入懸濁液 (ALIS) は難治性MACLD患者を対象としたCONVERT試験で有効性が示されています。 新規診断例でもARISE試験で副次評価項目における良好な結果が報告されていましたが、 その役割を確立するには大規模無作為化比較試験が求められていました。
ENCORE試験は、 新規診断で抗菌薬治療歴のない非空洞性MAC肺疾患の成人を対象とした、 国際共同第Ⅲb相の二重盲検無作為化比較試験です。
適格患者はALIS 590mg (1日1回) または空リポソーム対照 (ELC) に、 アジスロマイシン250mg+エタンブトール15mg/kgを併用する群に1:1で割り付けられ、 12ヵ月間治療されました。 主要評価項目は、 患者報告による呼吸器症状スコア (RSS) のベースラインから13ヵ月時点までの変化量でした。 主な副次評価項目には6・12・13ヵ月時点の喀痰培養陰性化と15ヵ月時点での陰性化の持続などが含まれました。
主要評価項目である13ヵ月時点のRSS変化量はALIS群で良好であり (治療差3.11、 p=0.0299)、 各時点の培養陰性化率もALIS群で高い結果でした (いずれもp<0.0001)。

安全性はALISの既知のプロファイルと一致し、 新たな安全性シグナルは認められませんでした。
ENCORE試験は、 肺MAC症治療の考え方を変える可能性のある重要な試験です。 これまでALISは、 主に難治性MAC肺疾患に対する治療選択肢として位置付けられてきました。 しかし、 本試験では新規診断で抗菌薬未治療の非空洞性MAC肺疾患に対して、 治療初期からALISを追加することで、 呼吸器症状スコアと培養陰性化率の両方が改善しました。
特に重要なのは、 主要評価項目が培養陰性化ではなく、 患者報告による呼吸器症状スコアであった点です。 肺MAC症は長期にわたり咳嗽、 喀痰、 倦怠感などに悩まされる疾患であり、 治療の目的は菌を減らすことだけではありません。 患者さんが実際に症状改善を感じられるかどうかを主要評価項目に置いたことは、 今後の肺MAC症臨床試験の方向性を示すものだと思います。
本邦でもALISは難治性肺MAC症に使用可能であり、 今後適応拡大が議論される可能性があります。 肺MAC症治療を 「難治例への追加治療」 から 「初期治療戦略の最適化」 へと広げる、 インパクトの大きい報告といえます。
特発性肺線維症 (IPF) に対する吸入トレプロスチニルの抗線維化作用を検証するため、 2件の第Ⅲ相無作為化比較試験が実施されました。 TETON-2は先行して報告済みであり、 本報告ではTETON-1および両試験の統合解析の結果が示されました。
TETON-1試験では、 二重盲検下でIPF患者を吸入トレプロスチニル群またはプラセボ群 (1回12吸入、 1日4回) に無作為に割り付けました。
主要評価項目は52週時点の努力肺活量 (FVC) 変化量、 主な副次評価項目は臨床的悪化 (全死亡・呼吸器系要因による入院・予測FVCの10%以上の相対的低下の初発) やIPFの急性増悪などでした。
598例が無作為化され、 434例が52週までの評価を完了しました (トレプロスチニル群218例、 プラセボ群216例)。 77.6%が基礎治療として抗線維化薬を併用していました。 主要評価項目のFCV変化量および臨床的悪化の結果を以下に示します。

FVC変化量・臨床的悪化はいずれもトレプロスチニル群で良好でした (FVC群間差p<0.001、 臨床的悪化p=0.003)。 また、 IPF増悪までの期間に有意差は認められませんでした。
最も頻度の高い有害事象は咳嗽 (54.8% vs 33.1%) でした。 投与中止はトレプロスチニル群40.5%、 プラセボ群32.8%で発生し、 有害事象が主な理由でした。 TETON-1試験・TETON-2試験の統合データの解析でも、 有効性および安全性の結果は同様でした。
IPFに対する吸入トレプロスチニルの有効性を検証した注目の第Ⅲ相試験 (TETON-1) です。 驚くべきは、 約78%の患者が既に既存の抗線維化薬を使用しているにもかかわらず、 52週時点での努力肺活量 (FVC) の低下をプラセボ群と比較して有意に抑制 (差130.1mL) し、 臨床的悪化リスクも低減した点です。 IPFにおける新たな上乗せ治療の選択肢として非常に期待が持てます。
一方で、 咳嗽 (54.8%) による高い有害事象発生率や約4割という投与中止率には注意が必要であり、 実臨床における忍容性の管理と適切な患者選択が今後の課題となるでしょう。
従来の鉗子生検は挫滅によるアーティファクトで検体が小さく質が低下することがあります。 クライオプローブは先端を局所的に凍結させることで、 より大きく無傷の検体回収を可能にします。 本試験は、 経気管支生検における1.1mmクライオプローブの診断率 (Diagnostic yield) を評価しました。
米国9施設で実施された非盲検・アウトカム評価者盲検の多施設無作為化比較試験です。 肺結節・腫瘤、 肺移植、 またはびまん性肺実質疾患 (DPLD) で経気管支生検が予定された18歳以上の500例を、 1.1mmクライオプローブ群と2.0mm鉗子群に1:1で無作為に割り付けました。
適格基準を満たした490例が主要解析に含まれました。 主要評価項目である診断率および各サブグループの診断率を以下に示します。

診断率は鉗子群と比較してクライオプローブ群で高い結果でした (絶対差9.8%、 p=0.003)。 サブグループ別でも肺結節・腫瘤・肺移植で有意差を認めましたが、 DPLDは有意差を認めませんでした (p=0.55)。
安全性では、 胸腔ドレーン留置を要する気胸が鉗子群4件 (1.6%) に対し、 クライオプローブ群0件であり、 重大な出血や呼吸不全は両群ともに認められませんでした。
気管支鏡検査における生検ツールとして、 1.1mm極細クライオプローブの有用性を示した注目のFROSTBITE-2試験です。 従来型の2.0mm鉗子と比較し、 クライオプローブは診断率を約10%有意に向上させました (88.6% vs 78.8%)。
特に肺結節・腫瘤や移植後評価で有用性が高く、 懸念される気胸や大出血のリスクも鉗子群より低い (あるいは同等) という結果でした。 しかし、 コストの問題について考慮する必要があると考えられます。
多くの閉塞性睡眠時無呼吸症候群 (OSA) 患者はPAP (持続気道陽圧) 療法を継続できず、 代替治療が求められています。 AD109 (aroxybutynin 2.5mgとアトモキセチン75mgの治験用固定用量経口配合剤) は、 OSAにおける神経筋機能不全を標的とするよう設計された経口薬です。
PAP療法に不耐容または拒否した軽症から重症のOSA成人患者を対象に、 AD109とプラセボを比較した69施設・26週間の二重盲検無作為化比較試験です。
主要有効性評価項目は、 26週時点の無呼吸低呼吸指数 (AHI) のベースラインからの変化量でした。 主な副次評価項目には酸素飽和度低下指数 (ODI)、 低酸素負荷 (HB)、 患者報告アウトカム指標 (PROMIS) の疲労Tスコアなどが含まれました。
適格基準を満たした646例が無作為化されました。 ベースラインのAHI中央値は19.6回/時であり、 軽症が35%、 中等症が42%、 重症が23%でした。
26週時点のAHIの治療群間差の平均は-4.0回/時 (95%CI -6.4~-1.6、 p=0.001)、 ベースラインからの減少率はAD109群44.1%に対しプラセボ群17.6% (p<0.0001) でした。 AD109群はプラセボ群と比較して26週目のODI・HBも改善しましたが、 PROMIS疲労スコアに有意差は認められませんでした。
有害事象による治療中止はAD109群21.2%、 プラセボ群3.1%であり、 主な有害事象は口渇、 悪心、 不眠症、 排尿遅延でした。
OSAに対して、 経口薬で気道閉塞や酸素化を改善するというコンセプトは非常に大きなインパクトがあります。 PAP療法は有効ですが、 継続できない患者が一定数存在するため、 AD109のような治療選択肢は臨床的ニーズがあります。
一方で、 AHI改善の絶対量、 有害事象による中止率、 疲労感の改善が有意でなかった点は慎重に見る必要があります。 現時点ではPAPを置き換える治療というより、 PAPが困難な患者に対する新たな選択肢として位置付けるのが妥当だと思います。
以上、 ATS 2026で注目された4演題を紹介しました。 個人的には、 呼吸器感染症領域ではENCORE試験が最も印象的でした。 肺MAC症治療において、 菌陰性化だけでなく、 患者さんの症状や生活の質を主要な評価項目として扱う流れは、 今後の臨床試験のあり方を考えるうえでも重要です。
ATSは、 呼吸器内科の広い領域を一度に俯瞰できる貴重な学会です。 自分の専門領域を深めるだけでなく、 他領域の進歩を知ることで、 日々の臨床をより広い視点から見直すことができます。 今後も、 世界の動向を追いながら、 日本の臨床にどう生かすかを考えていきたいと思います。
次回の最終稿では、 私の専門である呼吸器感染症、 特に市中肺炎における現在の研究最前線について、 ATS参加から得られた知見についてまとめます。

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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