説明義務違反と医師の賠償金額
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3ヶ月前

説明義務違反と医師の賠償金額

説明義務違反と医師の賠償金額
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 第24回では、 医師の説明義務違反と賠償金額の関係について改めて焦点を当てたい。

説明義務はなぜ重く扱われるのか

Informed consent (インフォームド・コンセント) は医療領域から消費者取引へと拡大し、 専門家と一般消費者の情報格差を埋める仕組みとして機能してきた。 不十分な説明で購入を決めた消費者を保護すべく、 消費者契約法などにもこの法理が取り込まれているが、 通常の取引であれば、 説明不足があっても 「取消し・原状回復」 で済むが、 医療契約は原状回復が不可能である。

このため、 医療訴訟では 「正しい説明を受けていれば別の治療法を選択し、 病気が治っていたはずだ」 などと患者側が主張するケースも多い。 したがって、 説明義務違反が認められると、 結果的に大きな賠償につながることも珍しくない。

医療における説明義務は、 宅建業法などの重要事項説明書のように具体的な説明内容が決まっているわけでない。 裁判官がさじ加減一つで作り出すようなもので、 医師を大きく疲弊させている。

裁判例からみる 「説明義務」 の現在地

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最近の象徴的な判決が、 令和7年9月9日の福岡地裁判決だ。 九州大学医学部附属病院で冠動脈バイパス (CABG) 後に脳梗塞を発症し、 寝たきりとなった74歳男性の事案である。

原告は術式の選択が不適切であったとして約4,500万円を請求。 裁判所は 「術式の選択自体は裁量の範囲」 としつつも、 onポンプ・offポンプという複数術式のメリット・リスクについて説明したとはいえないと判断し、 160万円の賠償を認めた。

この裁判例の問題点は、 脳梗塞のリスク自体は術前に説明されていたにも関わらず説明義務違反を認めている点である。 そもそも、 meta-analysisでは脳梗塞リスクは 「1.78% vs 1.24%」 と差は大きくなく、 offポンプが特段安全というわけでもない*¹⁾。

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いずれの方法、 術式の良し悪しについては、 医師個人・施設の熟練度により予後が左右されることは、 臨床医なら誰もが知るところだ。

それにも関わらず 「自己決定権の侵害」 という枠組みで違法とされた点には、 臨床医からすると大きな違和感が残る。

なぜ説明義務はここまで肥大化したのか

裁判所は、 医療行為の 「専門家によるさじ加減」 の部分へも説明義務というマジックツールによる攻撃を広げがちである。 標準的治療でない場合はより厳格で、 平成19年10月23日の京都地裁判決では、 以下の4点について患者の理解に応じて具体的に説明する義務を認めた。

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これを欠けば 「治療自体が違法」 と判断され得るというのである。

また、 最高裁平成13年11月27日判決では、 医師自身が行っていない治療法であっても、 患者が強く希望するなら他施設で実施されている事実まで説明すべきとされた。

これは、 説明義務が 「医療の標準を超えて拡張」 されてきた流れの象徴といえる。

Shared Decision Making の功罪

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近年、 「医師と患者が協力して意思決定する」 Shared Decision Making (SDM) が重視されている。 確かに、 対話を重ねて最適解を探る姿勢は理想的だ。 しかし現実には、

  • 患者・家族は心情が揺れやすい
  • 一度の面談で結論に達しない
  • DPCでは入院時点で方針決定が必要
  • 何度も対話するほど説明内容が増え、 後の訴訟材料になりやすい

という問題がある。

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実際の訴訟では、 医師が励まし目的で言った 「きっとうまくいきますよ」 の一言だけが録音で切り取られ、 争うことも多い医師が丁寧に話せば話すほど、 説明文言が増え、 訴訟リスクが高まるという逆説的状況が起きている

医師が押さえておきたいポイント

私が考えるポイントをまとめておく。

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  1. 説明義務違反は 「結果が悪くなった後」 に事後的に評価される
  2. 事前に予測できない論点が争点化しやすいことを念頭に置くべきである。 最悪シナリオをイメージして説明する必要がある。
  3. 複数術式がある場合、 選択しなかった術式の説明が問われやすい
  4. 技術的に実施困難でも 「説明しなかった」 とされる場合がある。 「うちではできない」 「嫌なら紹介もある」 との説明と記載を。
  5. 患者の希望・理解度は揺れやすい
  6. SDMは理想だが、 訴訟リスクとのバランスが必要。
  7. 説明を拒否された場合は記録が最重要
  8. 「怖いので聞きたくない」 などの発言は診療録に残す。
  9. 説明内容は“増やせば安全”ではない
  10. 過度な説明は、 後の争点を増やす副作用を持つ。 書物やwebでのひな形に手書きで特有リスクを書いておくと有利に働く。

説明義務は、 医療現場と裁判実務の間に大きな乖離が生じている領域だ。 臨床医が最善の判断にもとづいて術式を選択し、 必要なリスクを説明していても、 事後的に 「別の選択肢を説明すべきだった」 と評価されることがある。

医師が守るべきは 「誠実な説明」 と 「明確な記録」。 そのバランスこそが、 過剰な訴訟リスクから医療者を守る現実的な防御策となる。

出典

  • ¹⁾ International Journal of Surgery. 2024 Apr 16;110(8):5063–5070. : Clinical outcomes of on-pump versus off-pump coronary-artery bypass surgery: a meta-analysis

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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