鎮静剤と事故
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3日前

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医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」。 第27回では、 鎮静剤を巡る事故報道とその評価のあり方について考える。 

鎮静剤のリスク

鎮静剤は、 内視鏡検査などの侵襲的手技において苦痛や不安を軽減する目的で広く使用されている。 オリンパス社の大規模調査 *¹⁾では消化管内視鏡の40%強が鎮静下で行われており、 日本消化器内視鏡学会のガイドラインでも、 その有用性は高く評価されている。

一方で、 鎮静剤は本来麻酔薬として用いられてきた薬剤が多く、 呼吸抑制などの重篤な副作用を伴う。 そのため、 使用方法を誤れば重大事故につながり得るリスクを常に内包している。

適応外使用と現場の実態

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小児の画像検査における体動防止目的の鎮静は、 多くの薬剤が適応外使用となっている。 内視鏡領域でもプロポフォールなどは適応外であり、 添付文書などでは手術麻酔やICU管理に準じた厳格な管理が求められるような記載もある。

学会の鎮静ガイドラインでは、 投与とは別に観察専従者を配置することが推奨されている。 しかし実臨床では、 医師と看護師の2名体制で対応している施設も少なくなく、 観察体制が十分とはいえない場面も存在するであろう。

もっとも、 厳格な管理体制下にあるICUにおいても鎮静関連事故は一定数発生しており、 完全なリスク回避は困難である。

事例 : プレセデックス投与後の死亡

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実例をみてみよう。 2026年1月に報道があった三重県内の医療機関のケースでは、 急性心筋梗塞で搬送された70代患者に対し、 ECMO装着のために鎮静剤プレセデックスを投与後に死亡したとされ、 約1700万円の和解金によって示談に至ったという。

病院のホームページなどに事故調査報告書が本原稿執筆時には公表されておらず、 因果関係や詳細は不明だが、 プレセデックスは急速静注や用法逸脱により重篤な徐脈等が生じ得ることが添付文書で警告されている。 過去には急速投与や設定ミスによる事故も多数報告されている。

「薬剤が原因」 とされる論理構造

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確かに鎮静中の急変が生じた場合、 薬剤の副作用が疑われるのは自然である。 しかし、 重症患者、 とりわけ急性心筋梗塞でECMO管理中の症例では、 急変そのものが基礎疾患に起因する可能性も高いのではなかろうか。

にもかかわらず、 重症患者に鎮静薬などを使用している際の事故は、 「投与中だった薬剤」 に原因を帰属させることが臨床現場でもしばしば見られる。 類型的な医療事故として処理され、 「過量投与」 「投与方法の誤り」 と結論づけられる構造である。

過去にも、 薬剤投与中の急変を安易に特定原因へ結びつけた結果、 後に否定された事例が存在する。 ワクチン投与後のAMIをコロナワクチンによるアナフィラキシーショックだと決めつけた事故調査も記憶に新しい。

因果関係の検討が不十分なまま結論が導かれるリスクは無視できない。 本件報道では、 本当にpreventableだったのかどうかはわからないが、 ECMOを装着している人が亡くなるのは、 社会通念上はやむを得ないように思える。

医療安全と萎縮診療

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医療事故調査制度の目的は、 本来preventable deathの検証にある。 その前提として、 原因あるいはプロセスを検討し (原因が不明でも、 ここでこの介入をしていれば救命できたというようなケースもあろう)、 その原因あるいはプロセスに沿った防止策を考えるのである。 しかし現実には、 結果から原因を逆算し、 「ミス」 に当てはめる思考に陥ることもある。

このような評価が繰り返されれば、 医療者には過度な責任やスティグマが課され、 結果として萎縮診療を招く。 リスクのある薬剤の使用が避けられ、 患者利益を損なう可能性も否定できない。 そして、 結局は再発防止にはあまりつながらない。 薬剤使用中の急変は、 本当にその薬剤が真の原因なのか、 十分な検討が必要なのではないだろうか。 「●●使用中の事故」 として事例を統計処理して、 危険視したり、 ヒューマンエラーだといって、 人を増やし、 モニターをつけまくり、 「習熟した医師」 に使用を制限させることは本当に解決策なのだろうか。 かつて、 Ivan Illichは、 「医師の介入で死亡率が増える、 戦争などで病院が機能していない時期には死亡率が減った」 として病院無用論を展開していた (Medical Nemesis (1975) が、そもそも人は傷病で死ぬのであり、 治療介入は、 それを修飾するだけではないのか。

現在は、 超高齢者でも死亡原因を遺族がうるさく言ってくる時代である。 その昔、 急死例に 「急性心不全」 と記載して終わることもあった。 ところが現在は人には無限の生命があるような思い込み、 すべての疾患が治癒するような発想を持つ人も増えている。

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すべての死亡をpreventableとみなし、 薬剤や医療行為に安易に原因を求め、 結果から原因を単純化すれば、 医療者に過度な責任と萎縮を生じさせる。 重症患者が死亡する可能性は常に存在する。 この前提を欠いた議論は、 医療の実態から乖離する。

医師が押さえておくべきポイント

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  1. 鎮静剤は有用である一方、 重大な副作用リスクを常に伴う
  2. 適応外使用や人員体制など、 実臨床との乖離を認識する
  3. 事故評価では因果関係を慎重に検討する必要がある
  4. 「薬剤=原因」 と短絡的に結論づける思考には注意が必要

不確実性の中で判断するのが医療である。 合理的な記録と冷静な因果関係評価こそが、 医師を守る実務的対応といえる。

出典

*¹⁾ オリンパス : 胃・大腸がん検診と内視鏡検査に関する意識調査白書2024

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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