インタビュー
22日前

大阪府東大阪市で在宅医療を展開する「かわべクリニック」では、看護師が多職種連携の中心となり、患者の療養生活を支えている。掲げるのは、「看護師主体の在宅」。訪問範囲は3キロメートル圏内を基本とし、夜間でも迅速に駆け付けられる体制を整えている。
「患者さんと最も長い時間を過ごし、小さな変化や本音をくみ取りやすいのは看護師です。その力を中心に据えることで、在宅医療の質はもっと高められると考えました」
川邉正和院長はこう語る。同院では、看護師が患者や家族と継続的に関わり、身体状況だけでなく、生活背景や思いまで把握。そのうち、必要な情報を医師や多職種へつなぐ体制を整えている。
訪問範囲を法定上限の16キロメートルより短い距離に設定しているのは、患者や家族の安心感につなげるためだ。「夜間でも10~15分で駆け付けられる距離」を維持することで、急変にも迅速に対応できるようにしている。
こうした体制の原点には、大阪赤十字病院時代の経験がある。妻で看護師の綾香さんは当時の同僚だった。患者のわずかな変化を捉え、医師も気付いていない情報を拾い上げていた姿を間近で見てきた経験から、「病院で培われた看護師の力は、在宅医療の現場でも発揮できる」と確信した。

2015年の開業当時、東大阪市で在宅医療に力を入れるクリニックは2カ所ほど。在宅医療に精通した看護師はまだ少なかったが、病院には経験豊富な看護師が多くいた。そうした人材を育てることも、開業時の目標だった。
「病棟では、看護師が何度も患者さんのもとへ足を運び、状態や気持ちを把握します。医師はその情報を基に診療方針を決める。この診療体制は、在宅でも成り立つと考えたのです」
川邉さんは2000年に福井医科大学(現:福井大学医学部)を卒業後、同大第二外科を経て、2002年に大阪赤十字病院の呼吸器外科に勤務した。外科医として働く中、自ら執刀した男性患者との出会いが転機となる。
手術後にがんの再発が見つかってからも、抗がん剤治療や疼痛管理を行い、数年にわたって向き合った。ある日、患者は打ち明けた。「先生、最期は家で過ごしたい」。川邉さんの見立てでは、残された時間は2週間ほど。急いで在宅療養支援診療所を探したものの、受け入れ先探しは難航し、自宅へ戻れたのは亡くなる3日前だった。
「もっと早く帰れなかったのか……」。その悔しさが在宅医療を志す原点となり、綾香さんと開業について話し合うようになった。
開院から11年。当時掲げた「看護師主体の在宅」は、1人の看護師に頼る診療から、組織全体で実践する体制へと発展している。
2026年現在、非常勤を含む医師10人、看護師5人、事務2人が在籍。患者数は70~80人規模で推移し、これまでに約800人を看取った。体制の充実に伴い、2026年6月には施設患者の受け入れも始めた。

「理念を共有する看護師が育ち、誰が担当しても同じ質の医療・ケアを提供できる体制が整ってきました。今後も、在宅医療に関心を持つ看護師の仲間を増やしていきたいと考えています」
川邉さんらが日々のケアで重視しているのが、「0.5歩先を見る」ことだ。患者本人だけでなく、離れて暮らす家族にも目を配り、困りごとが表面化する前に支援する。その姿を川邉さんは、「コンシェルジュのような存在」と表現する。
こうした姿勢が地域での信頼につながり、近年は病院からの紹介だけでなく、患者や家族から直接相談を受けるケースも増えているという。
2026年7月には、がんと診断された直後から相談できる「これから相談室」を開設した。
「これまでは終末期になってから出会う患者さんが多く、『もっと早く出会いたかった』という声も少なくありませんでした」
診断されたその日から相談できる地域へ――。川邉さんは次の10年を見据える。


編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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