寄稿ライター
11ヶ月前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 新連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 では、 弁護医師が具体的なケースを解説する。 初回は 「薬物中毒の患者が受診した際、 通報すると守秘義務に違反するのか」。
厚生労働省の統計によると、 薬物犯罪は年間1万件以上ある。 再犯率は3分の2ほどで、 一度薬物使用に手を染めると、 抜けられない人が多い。
さらに、 2023年末に世間を賑わせた 「大麻グミ」 問題は、 新規物質については法律の規制が行き届いていない実態を浮き彫りにした。 (厚生労働省はその後、 グミに入っていたHHCHに似た成分をまとめて指定薬物として規制対象とする 「包括指定」 を行ったが…)
救急現場でも、 薬物中毒を疑わせる患者はたびたび搬送されてくるだろう。 尿中薬物検出キットなどで陽性が出て、 警察への通報が検討される場合もある。 例えば麻薬は、 医師に行政への通報義務が課されているからである。
一般的には、 医師は、 夜でも駆けつけてくれる都道府県警察に通報することが多いだろう。 その後、 警察を管轄する各都道府県が厚生局に報告する流れとなっている。
麻薬及び向精神薬取締法第58条の2
ただ、 この麻薬取締法も、 通報義務は単なる使用ではなく 「中毒患者」 が対象である。 例えば、 「いつも真面目に大学に通っている娘が、 クリスマスパーティーから帰ってきたら明らかに様子がおかしい」 と両親が娘を救急外来に連れてきたとしよう。 この場合、 尿検査で麻薬が出たとしても、 厳密には 「麻薬中毒」 とは言えない。
麻薬取締法では、 通報対象を 「慢性中毒」 と規定しており、 急性は対象にならないのである。
また、 麻薬取締法以外の薬物は覚醒剤取締法、 大麻取締法、 あへん法などで取り締まられている。 覚醒剤は 「所持」 と 「自己使用」 が処罰される薬剤だが、 大麻は 「所持」 や 「譲渡」 は処罰対象だが、 「自己使用」 は対象外。 以前の 「大麻グミ」 のような危険ドラッグを含有した物についても、 「自己使用」 は対象外だ。
従って、 これらの薬物中毒が疑われ、 尿検査で何らかの薬物反応が出たとしても、 守秘義務 (刑法134条) の規定から 「安易に警察に通報できないのでは」 という論点が生まれるのである。
結論から言えば、 いずれにせよ 「違法な薬物」 を使用等していることが十分疑われる患者については、 通報する 「正当な理由」 があり、 守秘義務に反しないと思われる。
最高裁平成 17 年 7 月 19 日判決は 「医師が、 必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に、 これを捜査機関に通報することは、 正当行為として許容されるものであって、 医師の守秘義務に違反しない」 と明示している。
「通報しなくても、 特別問題ない」 との解説も散見するが、 尿検査で自己使用や所持が法令で禁止されている薬物が出た以上、 犯罪者の可能性が高いといえる。 警察からの照会に対して、 回答しないような態度をあえて医師が取れば、 犯人隠避・蔵匿罪 (刑法103条) が成立する余地もある。
薬物の使用は、 治療的にも強制隔離は必要である。 第三者に騙され、 あるいは無理やり投与された場合でも、 再発予防のため警察の助力が不可欠である。 積極的に薬物犯の警察への通報を義務付けるべきであろう。 医師法21条などは無用な悪法であろうが、 こちらは包括的な義務規定があった方がよいと思う。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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