母体保護法と配偶者の同意
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7ヶ月前

母体保護法と配偶者の同意

母体保護法と配偶者の同意
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 10回目のテーマは 「母体保護法と配偶者の同意」。

母体保護法の前身は優生保護法

母体保護法と配偶者の同意

母体保護法はもともと優生保護法である。 これは悪名高い法律で、 最近の裁判例 (最高裁令和6年7月3日) では法律自体の違憲判断がなされ、 「生殖能力の喪失という重大な犠牲を求めるもので、 個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反し、 憲法13条に違反する」 と指摘された。

優生保護法の立法目的は 「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止し、 母性の生命健康を保護すること」。 一方、 母体保護法は 「不妊手術などに関する事項を定めることで母性の生命健康を保護すること」 が目的で、 良い子孫を残すという優生学的な目的がなくなった。

母体保護法と配偶者の同意
写真はイメージです

優生保護法は、 人工妊娠中絶について、 配偶者の同意のみならず、 複数医師の意見書や地区の優生保護委員会の許可が必要だった。 現行の母体保護法14条は、 委員会の許可は不要で、 指定医師であれば独自の判断で中絶できる。

ある意味安易に中絶が可能となり、 日本が 「中絶大国」 と揶揄されるまでになった。 妊娠数が今のように少なくない時代には中絶で産婦人科医がリッチになった時代すらあったのである。

「自己堕胎」 とのバランス

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母体保護法では、 中絶の要件が大きく緩和された。 ただ、 配偶者の同意要件は変わっていないし、 法律の目的が 「母体保護」 という点も継承している。

中絶は母体に負担をかける行為であるが、 妊娠継続も身体的負担になる。 どちらを選択するか、 医学的判断を入れつつ母体そのものに自己決定させるような規定になっているともいえるが、 中絶は胎児の生命を奪う行為である。

母体が自分の意思で、 自分で中絶 (墮胎) することは、 現行刑法でも犯罪である (刑法212条自己墮胎罪) ことに比較して、 バランスがどこにあるのか難しいところである。

米大統領選の一大争点

母体保護法と配偶者の同意

もちろん、 胎児には意思表示ができないし、 現行法の規定では、 胎児は法的な権利義務の主体にはなっていない。

民法3条1項 私権の享有は、 出生に始まる。 

このような中で、 配偶者の同意を中絶の要件とするのは、 ものが言えない胎児の生存権をできるだけ守ろうとする一つの法政策ともいえる。 配偶者等は遺伝子情報を提供 (生物的学的な親) であることがほとんどだし、 法律上の嫡出推定にとどまる場合など、 生物学的に親でなくても、 親としての権利義務の主体となるからである。

もし配偶者に左右されたくないというのであれば、 胎児の権利を守るためには、 優生保護法のように行政委員会の許可を経たり、 複数の医師の意見を要するような規定にしたりすることも必要ではないだろうか。

両親は、 胎児の遺伝情報の主体であり、 出生すれば親権者として法定代理人になるが、 それまでの間に両親の意向で抹消されるのも、 些か疑問を感じる。 中絶は母親の 「権利」 とまで言えるのだろうか。

アメリカ大統領選での大争点で、 連邦最高裁も有名な 「中絶の権利」 を認めた判断が2022年に判断変更された時代。 産婦人科医でなくても、 医師として一度は検討してみてほしい問題である。

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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