インタビュー
20時間前

富山県の地域枠1期生として富山大学に進学した髙瀬義祥氏は、9年間の義務年限を、 妻の出身地でもある同県南砺市をはじめとする病院・診療所で勤めた後、 2026年4月に在宅医療を主軸とする 「なんと さとやま診療所」 を開設した。 地域枠を利用した背景と開業の経緯を聞いた。
南砺市は人口5万人弱、 高齢化率約40%。 診療所の医師は、 院長の髙瀬氏と妻の髙瀬愛さん (非常勤) の2人体制。 看護師・事務員は各1人。 24時間365日のオンコール体制で南砺市全域の往診に対応し、 外来は完全予約制で行う。
――なぜ医師を志したのでしょうか。
「もともと生物に興味がありました。 高校時代に東京北医療センターや慶應義塾大学病院での体験学習に参加したのを機に、 『人はなぜ病気になり、 なぜ受診するのか』という行動学的な視点に関心を持ち、 医師を志しました」

――富山県特別枠 (いわゆる地域枠) の1期生として富山大学医学部に進学。 不安はなかったのでしょうか。
「受験当時は『育ててもらった地域で就職すればいいこともあるだろう』と、 気楽に考えていました」
「地域枠では、 『卒業後に進む診療科の制限などを自分が許容できるか』が何より重要です。 その上で、 置かれた環境で咲くことを考えられる人、 その地域に思い入れのある人に向いていると思います」
――大学での学びや、 総合診療科に進んだ経緯を教えてください。
「『人全般を診たい』と思って医師を志したので、 臓器横断的な診療科に関心がありました。 総合診療科の先生方に教えてもらい、 地域医療合宿や家庭医療の勉強会など多くの学びの機会を得たこと、 初期研修も総合診療を経験できる病院を選んだことから、 自然と専門が決まっていきました」
「とはいえ、 迷いもありました。 学生結婚した妻からは『当時はブレブレやったね』と言われます。 外科に憧れたり、 臓器横断なら小児科や救急もいいと考えたりしたこともあります」

――それでも最終的には富山に残りました。
「南砺市の山間部で生まれ育ち、 小学生の頃から『地元を支える医師になりたい』と考えていた妻の影響は大きかったと思います」
――在宅医療を支える診療所開設を決意したきっかけは。
「医師4年目に、 山間部の南砺市平診療所へ所長見習いとして派遣されたことです。 公立のため金銭的な心配はありませんでしたが、 紙カルテと電子カルテの混在や、 同効薬の重複採用があり、 診療と並行してカルテの統一や採用薬の整理を進めました。 若手ではなかなかできない経験をさせてもらいました」

「一方で、 限界も感じました。 定期通院していた患者さんが通えなくなったときの往診体制が整っておらず、 療養を支える看護師やヘルパー、 リハビリのスタッフも不足していて、 看取りの体制も派遣期間内には整えきれませんでした」
「医療にアクセスできず、体制づくりが進まなければ、 地元で生きたいと願う住民も集落を出ていき、 いずれ人がいなくなってしまう。 それなら自分が開業し、 総合診療医として在宅医療を支えられることを示そう。南砺市で働く私と妻がやるしかないと考え、 開業を決意しました」


編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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