「苦悩や悩みを乗り越えて」 埼玉石心会・木山医師 (part2)
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19時間前

「苦悩や悩みを乗り越えて」 埼玉石心会・木山医師 (part2)

 「苦悩や悩みを乗り越えて」 埼玉石心会・木山医師 (part2)
誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、 埼玉石心会病院 副院長 / 心臓血管外科部長の木山宏先生に話を聞いた。  (全3回の第2回) 

>>第1回はコチラ

転機 : 責任と苦悩

37歳で突然、 責任者に

2002年、 医師14年目。 教授から突然連絡が入り、 2週間後に石心会狭山病院へ部長として異動することに。 当時37歳。 異例の若さで責任者となった。

「正直、 自信がなく、 すごいプレッシャーでした」

家庭の事情による突然の前任者の辞職に伴うもので、 詳細な申し送りが全くなかった。 初めて診る患者ばかり。 ストレスを感じながらも、 石心会の理念に沿って 「断らない医療」 を実行しようと心がけた。

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「心臓外科医を辞めよう」

石心会に来て2年経った頃、 重篤な合併症で患者が亡くなった。 家族から浴びせられた言葉が今も残る。

「人殺し」 ―――。

「ご家族の気持ちを考えるとしかたがないと思いましたが、 つらかったです」

その出来事を境に、 手術になると手が震えるようになった。 心臓外科医を辞めて麻酔科に転向しようと考え、 研修ができる病院も探した。

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「半年間引き継ぎをしたら辞める、 と心を決めていました」

手術を一度だけ断った日

石心会の理念は 「断らない医療」。 それまでは緊急手術があれば、 どんな状況でも駆けつけた。

ミュージカルや映画鑑賞中、 家族との会食中、 ドライブ中や旅行先の宿泊中でも呼び出されると病院に出勤した。 家族は最初はあきれていたが、 最後は諦めていた。

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しかし、 一度だけ断った。

「今でも覚えていますが、 震える手では手術ができないと自己都合で断りました」

再出発

仲間たちが救ってくれた

辞める覚悟をした後、 仲間たちが支えてくれた。

「昔の指導医だった大島 永久先生 (前青梅市立病院の心臓血管外科部長) はよく飲みに誘ってくれました。 元気づけようと思ってくれていたことが伝わってきました」

前勤務先の先生も木山医師が得意な手術が行われる際に、 術者として呼んでくれた。

「少しずつ手術をするようになり、 手術をする楽しみがよみがえってきたんです」

自信を取り戻し、 心臓外科医として再び歩き始めた。

(>>続く)

プロフィール

 「苦悩や悩みを乗り越えて」 埼玉石心会・木山医師 (part2)
神奈川県出身、 獨協医科大卒。 獨協医大越谷病院 (現・埼玉医療センター) で初期研修後、 獨協医大越谷病院 (現・埼玉医療センター) 講師、 新葛飾病院 (現・イムス葛飾ハートセンター) 心臓血管外科などを経て、 2002年から現職。
医学博士 (獨協医科大)、 大分大医学部臨床教授。
心臓血管外科専門医・修練指導者、 ステントグラフト指導医、 経カテーテル的大動脈弁置換術指導医、 血管外科学会評議員など資格多数。

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HOKUTO編集部
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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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