寄稿ライター
1ヶ月前

医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 第23回のテーマは、 「外国人診療と医師のリスク管理」。
コロナ禍を経て海外からの旅行者数は急回復し、 観光地を中心に外国人患者の受診機会が再び増えている。 一般論でいえば、 旅行中のけがや体調不良は誰にとっても大きな不安要素であり、 外国人に適切な医療を提供することは、 インバウンドによる経済活性化を支える上でも重要だ。
最近では、 翻訳アプリが実用レベルに達し、 言語障壁は従来ほど大きくはない。 厚労省も 「外国人患者受入れのための医療機関向けマニュアル」 を公開しており、 全国には受入れ認証を受けた病院も存在する。

とはいえ、 英語すら通じない旅行者への診療は、 多くの医師にとって心理的ハードルが高いだろう。
外国人診療の最大の課題は、 繰り返しになるが言語や文化の違いである。 病歴聴取や説明が難しいと医師側が萎縮しがちだが、 むしろ旅行中の患者は真剣に耳を傾けることが多く、 診療が進めやすい面もある。

私自身も院長時代に外資系ホテルや国際イベントから紹介を受け、 外国人患者を数多く診た経験がある。 適切に対応できれば、 むしろやりがいを感じる診療となる。
医学的には、 人種や生活習慣、 居住地域に由来する疾患リスクを考慮する必要がある。 日本は近代以降、 熱帯医学や感染症研究で世界的な実績を残してきた歴史があり、 この知見は外国人診療にも生かされるだろう。

「外国人は訴訟好きではないか」 と懸念する声もあるが、 実際には日本人患者の方が 「訴えてやる」 と口にすることが多い。 裁判例でも、 外国人が原告となった医療訴訟は存在するものの、 外国人特有のリスクが正面から争点となった事例は乏しい。
国内に定住して保険診療を受ける外国人であれば、 基本的に日本人と同様に対応すれば足りる。 どうしても言語や文化の壁で対応が困難な場合には、 医療の提供を制限せざるを得ない局面もあるだろう。
国際人権規約では外国人にも平等な扱いが求められているが、 責務の主体はあくまで政府であり、 個々の医師に過度な義務を課すものではない。

最近では、 国立循環器病研究センターが、 中国人の自費診療受診者に対して日本人の3倍の診療報酬を請求したことに対して、 患者側が違法だとして大阪地裁に提訴したという報道があった。
この点について、 外国人だからといって、 一律に高額の診療費を請求することは疑問である。
「外国人は意志疎通が困難だから診療を拒否してよいか」 という点については、 厚労省の通達では原則、 正当化は許していない。 ただ、 「文化や言語の違い等により、 結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合にはこの限りではない」 との見解だ。
通訳費用などを明記しておいて、 別途かかる費用を徴収するのが適切な対応であろう。

外国人患者とのトラブルは、 必ずしも訴訟まで進むわけではない。 私のクリニックでも、 診療後に外国人からクレームを受けた事例がいくつかあった。
あるドイツ人患者からは、 診断書の記載に不満を示すドイツ語の手紙が届いた。 診察した医師がドイツ語堪能であったため、 診療は問題なく行われていたが、 内容をめぐって異議が出たのだ。 最終的には英語で説明文を作成して返答し、 無事解決に至った。
また、 弁護士として依頼を受けた受任したケースであるが、 ブラジル人患者が帰国後にポルトガル語でクレームを出し、 大使館による公的翻訳が添付されていた。 こちらも診療内容に不備はなく、 正当性を説明することで沈静化した。
ただ、 中国人患者が日本人弁護士を代理人に立てて訴訟を提起した例も弁護士として対応したことがある。 母数は多くないが、 実際に法廷で争うケースも存在することを意識しておくべきだ。

日本国内で提訴された場合は、 日本人相手の訴訟と手続は変わらない。 裁判は日本語で行われ、 必要に応じて通訳が付く。 むしろ通訳を介することで原告側に不利になることもあり、 外国人原告にとって訴訟のハードルは決して低くない。
一方で、 問題は国外で訴訟を提起された場合である。 外国の裁判に応訴するには膨大なコストがかかり、 現実的に対応は難しい。 どこの国でも、 訴訟提起されて放置していると敗訴するのが通常であり、 預金の差し押さえなどの強制執行につながる可能性がある。
ただ、 日本国内にしか資産がない医師であれば、 海外判決が直ちに日本で効力を持つわけではない。

民事訴訟法118条は、 外国裁判所の判決が日本で承認される要件を列挙している。 簡単に言えば、 ①適法な管轄権、 ②適正な送達、 ③日本の公序良俗に反しない内容、 ④相互の保証があること、 の4条件を満たす必要がある。
詳細は割愛するが、 例えば米国で懲罰的損害賠償判決がくだされたとしても、 日本の公序良俗に反するとされれば無効となる (最判平成9年7月11日)。
外国人患者の診療は、 医師にとって避けがたい日常の一部になりつつある。 実際のトラブルはクレームレベルで解決することが多く、 訴訟に至るのは少数だ。 国内訴訟は日本人相手と同じ手続で対応可能であり、 国外訴訟も日本で効力を持つには高いハードルがある。
重要なのは、 外国人だからと構えすぎるのではなく、 基本的には日本人患者と同様に誠実に対応する姿勢である。 言語・文化の壁を補う手段は整いつつあり、 必要以上にリスクを恐れるよりも、 適切に対応して信頼を築くことが医師を守る最大の防御策となる。


編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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