インタビュー
2ヶ月前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor's Career」。 今回は、 関西医科大学附属病院 臨床腫瘍科教授の金井雅史先生に話を聞いた。 (前・後編の前編)
元々、 医師を目指していたわけではなかった。 京都大学合格を目指した進学指導を行う高校に入学したため、 その流れにのって京都大学医学部へ進学。 診療科の選択は 「幼少期は胃腸が弱かったので、 医師になるなら消化器かな、 という程度」 だった。
転機は2001年、 京都桂病院の消化器センターに勤務した1年目に訪れた。

「がん薬物療法に強く関心を持つ大きなきっかけがあったんです」
多量の腹水を伴うスキルス胃癌患者で、 余命1~2ヵ月と診断される状態だった。 ところが、 当時新薬として承認されたばかりのパクリタキセルを投与すると、 がんが著明に縮小、 腹水も消え、 2年近く安定した生活を送ることができた。

「正直、 それほど高い効果を期待していたわけではなかった。 当時は腹水を伴う進行がんには腹水穿刺や鎮痛剤投与などの緩和治療が中心だったので、 衝撃的でした」
この経験が 「がん薬物療法についてもっと学びたい」 という強い思いにつながっていった。

大学院時代に筆頭著者として報告した研究論文が評価され、 2004年、 世界屈指のがんセンターである米国テキサス大MDアンダーソンがんセンターに留学した。
「世界の最先端に身を置き、 視野を広げたいという思いが強かったです」
とにかく驚きの連続だった。 MDアンダーソンがんセンターは敷地が広く、 建物間の移動でシャトルバスが走っていた。 研究費も潤沢で、 多くの臨床試験が実施されており、 海外からも治療を求める患者が受診していた。

「米国ではmedical oncologistの地位が確立されており、 がん薬物療法の実践において中心的な役割を果たしていることに感銘を受けました」
自身でも米国での臨床を経験したいと思い、 留学中に米国医師免許 (ECFMG) を取得した。 しかし、 その後ビザや研修先の制約があり、 京都大学から声がかかったタイミングで帰国することとなった。
2006年・米国留学から2年が経過。 胸には熱い想いを抱えていた。
「患者さん一人ひとりに対して専門的な視点から最適な薬物治療を施す。 そんな医療体制は、 これからの日本にも必要となる」 ――。


編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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