「自分でも不思議な人生」 国がん中央病院・吉田医師(part1)
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インタビュー

2ヶ月前

「自分でも不思議な人生」 国がん中央病院・吉田医師(part1)

「自分でも不思議な人生」 国がん中央病院・吉田医師(part1)
誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、 国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科・先端医療科医長の吉田達哉先生に話を聞いた。  (全3回の第1回) 

「自分でも不思議な人生」

「なぜこんな人生を歩んでいるのか、 自分でも不思議です」

名古屋市生まれ。 父が歯科医、 兄が医学部を目指すという家庭で育った。 医療が身近にある環境で、 兄と同じ東海地方屈指の進学校である東海中学・高校へ進学。 医学部志望者も多く、 自然な流れで名古屋市立大学へと進んだ。

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写真はイメージです

「名古屋人にありがちですが、 地元志向が強かったです。 中日ドラゴンズが好きかどうかはさておき (笑)、 名古屋から外に出ようとは考えていなかったんです。 将来は忙しくない科で開業してのんびり暮らそうと考えていたのに、 留学をして、 気が付けば東京のがんセンターにいます。 『論文なんて面倒だ』と思っていたのに、 今はたくさんの論文を書いています」

その 「不思議」 な人生には、 常に人との出会い・縁があった。

出会い①

呼吸器内科の恩師

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研修先に選んだのは、 名古屋市近郊の旭ろうさい病院 (愛知県尾張旭市)。 250床規模の病院で、 有名な研修病院ではなかった。 だが、 当時副院長だった呼吸器内科・宇佐美郁治先生の存在が決め手となった。

「見学をした他の病院は学生・研修医を『お客様』として扱っている印象を受けました。 一方、 宇佐美先生は学生や研修医にも気さくに声をかけ、 非常に教育熱心な印象でした。 宇佐美先生が、 私の希望する呼吸器内科医であったことも幸運でした」

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当時は、 アスベスト問題が社会を騒がせており、 病院には中皮腫やじん肺などの患者が多く訪れていた。

「宇佐美先生がいるから、 呼吸器分野が強かった。 よく『論文を書け』『ケースをまとめよう』と指導してくれました。 当時、 地方の小さな病院でそんな熱心な教育は珍しかったと思います」

「がんをもっと知りたい」

呼吸器内科で肺がんの患者を診ることもあったが、 もどかしさを感じていた。

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「病院に放射線治療や抗がん剤治療の体制もなく、 本を片手に手探りで診療することも多くて……。 それが嫌で、 がんをもっときちんと学びたいと思うようになりました」

そんな折、 週1回非常勤で来ていた医師から 「短期でもいいから一度大学で学んでみては」 と勧められた。

想像さえもしていなかったが、 宇佐美先生の承諾も得て、 医師3年目の夏、 後期研修医として名古屋市立大学で学ぶことになった。

そこで、 がん研究の世界的名医と出会うことになる。

(>>続く)

プロフィール

「自分でも不思議な人生」 国がん中央病院・吉田医師(part1)
名古屋市生まれ、 2005年名古屋市立大卒。 名市大病院、 国立がん研究センター東病院、 愛知県がんセンターを経て、 2016年に米ニューヨーク大学に留学。 留学中は、 免疫チェックポイント阻害剤の研究に従事した。
2018年末に帰国後、 2019年より国立がん研究センター中央病院の呼吸器内科、 先端医療科に着任。 肺がん・中皮腫などの胸部悪性腫瘍の診療に携わるほか、 新規抗がん剤治療の医師主導治験にも従事している。

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HOKUTO編集部
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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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