寄稿ライター
29日前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 8回目のテーマは 「認知症患者の同意をどう取るか」
医療現場は同意書を取るのが 「好き」 である。 「好きでとっているわけではない。 とっておかないと裁判で不利になるからだ」 と言われそうだが、 裁判所は 「説明と同意」 を要求しているだけで、 「同意書」 を要求しているものでもない。 同意書があるから直ちに適切な説明と同意を認定するわけでもない。
ただ、 現実には、 手術などの説明と同意だけでなく、 診療記録の中にはスキャン書類がいっぱいある、 というケースは多い。 私が医師になった頃、 「カルテがドイツ語なのは患者が読めないように」 と言われていたし、 説明をしておくのは、 うまくいかなかったときに家族などが文句を言いにくくするという側面が強かった。
書面にせよ、 書面外の同意の証拠にせよ、 裁判所が医療側に 「説明と同意」 を要求するのは、 法律家が 「そもそも人の体にメスを入れるのは犯罪行為。 傷病治療の目的で、 患者が真摯に同意しているから、 違法阻却事由になるに過ぎない」 と考えているからである。
手術などの医療行為をそもそも犯罪だと考えれば、 同意は、 理性的判断ができる成人が適切な情報に基づいて行っていなければ、 無効となる。 Informed consentの概念も、 そのような発想で述べられるようになった。 患者の自己決定権という言葉もその範疇である。
しかし、 専門性の高い医療分野で、 患者が診療行為をちゃんと理解し、 前提情報を十分得るなど、 日常診療に期待してもらっても困る。 私が司法修習中に、 民事裁判の裁判官から、 「大腸内視鏡での穿孔事例の裁判をしているのだが、 結腸というのはおなかのどのあたりにあるのか」 と質問され、 裁判官の医学知識はその程度か (だからおかしな判決の連続なんだな) と思ったことがある。
審理を担当している裁判官でもその程度なのだから、 当該分野の専門医が患者になったようなケースでもない限り、 ちゃんと分かって手術を受ける患者などいるはずもない。 それにもかかわらず、 裁判例で 「説明と同意が必要」 と裁判所が吠えるものだから、 とにかく同意書面という風潮はおさまることがない。
「自己決定権を担保する」 という目的なら、 丁寧に時間をかけて口頭で説明するのがよさそうだが、 医療現場では署名を欲しがる。 しばしば顧問先の病院から問い合わせがあるのが、 「サインを看護師がしても良いのか」 といった質問である。
もし、 それが有効なら、 看護記録に 「手術について、 医師の説明で十分理解して、 強く希望している」 と全例書いておけば訴訟の際は有効な武器になるであろう。 ただ、 もちろん本人のサインでなければ、 代筆権限を証明しない限り、 本来同意は認められない。
一方で、 高齢化社会が進み、 認知機能が低下した患者が増えている。 そういった患者への説明と同意は問題となる。 裁判例では一般的に、 認知症があり同意を得ることが困難な患者であれば、 家族 (配偶者や子供) に説明すれば足りるとされる (千葉地方裁判所判決平成31年1月25日など)。
ただ、 他の裁判例を見ると、 認知機能がある程度低下していても、 「自己の体や治療方針の概略が理解できると判断されれば、 自己決定権も保たれる」 と裁判所は考えているとも思われる。 そうであれば、 医師が患者本人に対する説明義務を果たし、 患者が自分で治療法を選択したのであれば、 近親者へ告知する必要はない、 ということになる。
また、 旭川地方裁判所判決 (令和2年3月19日) では、 経過観察の選択などの説明義務のレベルは 「患者自身ではなく、 その親族なる場合にも同様であると解される」 としている。
これら判決を見てみると、 認知症があっても 「自分のことは自分で決める」 と主張する患者であれば、 本人の意思を丁寧に確認して説明と同意を取り付ければよいであろう。 一方、 認知症の進行が強ければ、 家族に説明をし、 同意を淡々と取り付けるのであろう。
もっとも、 東京地方裁判所判決 (令和3年9月24日) は、 介護老人保健施設への入所にあたって、 後方視的な観点から病状の説明をすべきであったという原告に対して 「併存疾患を多く抱える高齢者においては,説明義務の範囲が極めて広範になるおそれがあり妥当でない」 としている。 内視鏡も含めて手術など侵襲の強い事柄は、 家族にも詳しい説明と同意を取り付けるのであろうが、 ある程度概括的なものでも足りるように思われる。
ただ、 裁判官は当たり外れが大きい。 本人にも親族にも丁寧に説明しておくのが無難であろう。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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