HOKUTO編集部
7ヶ月前
第1回では、 臨床的疑問の解決方法の概念を7つのStepに分けて解説しました。 第2回では具体例を、 初発の悪性リンパ腫の患者さんを例に解説します。
・68歳男性
・初発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫 (DLBCL)
・ステージ3 (多発リンパ節)
・血清LDH 正常上限超え
・IPI 3 (年齢、 ステージ、 LDH)
あなたは初発DLBCLの患者さんを担当しました。 指導医のA先生から、 「この患者さんの治療法を決めてください」 とお願いされました。
「DLBCLの標準治療はR-CHOP療法」 と学んだ記憶があったので、 R-CHOP療法で良いのではないかと考えました。 しかし、 実際に投与するとなると自信がないため、 自分で調べることにしました。
では、 どのように調べるでしょうか?最も楽な方法は、 答えを知っていそうな人に聞くことでしょう。 そこで先輩のB先生に聞いたところ、 「この患者さんにはpola-R-CHP療法が良い適応ですね」 と教えてもらいました。 そこで、 そっくりそのままA先生に伝えてpola-R-CHP療法を実施しました。 これはこれで患者さんには一見害がなさそうに見えます。
ところで、 pola-R-CHP療法は初発のDLBCLに対する標準治療の1つですが、 B先生が言っていた 「良い適応」 とはどういう意味でしょうか?また、 DLBCLであれば全例がpola-R-CHP療法で良いのでしょうか?
この症例は、 以下のように要約できるでしょう。
ここまで臨床的疑問を簡潔に、 かつ詳細に提起できれば、 疑問に対する解答の記載がありそうな情報源を検索すればよいでしょう。
ところで、 PICOのI (pola-R-CHP療法) は臨床的疑問にありましたが、 C (R-CHOP療法) やO (PFSの延長) は問題なく想起されたでしょうか。 想起されなかったならば、 初発のDLBCLに対する治療の基礎知識が足りていないことが予想されますので、 詳細に調べる前に概要を学んでおきましょう。
DLBCLに関するガイドラインとして 「造血器腫瘍診療ガイドライン 2023年版」 が発刊されています。 このガイドラインを確認すると、 PICOで提起した臨床的疑問に対する回答は 「IPI 2~5、 18~80歳であればpola-R-CHP療法がR-CHOP療法に対して有意にPFSを延長しており、 患者の状態が許せば標準治療のひとつである。 」 とわかります¹⁾。
これで、 提起した臨床的疑問に対して適切な回答を得られたため、 本症例や類似した症例に対しては今後困ることはなさそうです。
ただ、 少し外れた症例、 例えば高齢者や臓器障害を有する場合はどうでしょうか?あるいは経過が思わしくなく、 治療内容の変更が必要となった場合はどうすればよいでしょうか? ガイドラインはあくまで一般的な事例での対応が記載されていることが多いです。 臨床でエビデンスを実行するための情報が不足している場合は、 引用されている文献を確認しましょう。
本症例では 「造血器腫瘍診療ガイドライン」 を確認してpola-R-CHP療法を選択しました。 しかし、 好発する副作用である発熱性好中球減少症 (FN) の予防法はガイドラインに記載がありません。 そのため、 該当する引用文献であるPOLARIX試験²⁾を確認しましょう。
無増悪生存期間のKaplan-Meier曲線
この文献には、 Grade3以上のFNの発現頻度は13.8%と報告されていました。
FNの予防法として、 G-CSFの一次予防が考えられます。 そこで、 「G-CSF適正使用ガイドライン」 を確認しましょう。
本ガイドラインは2022年10月に改訂されました。 改訂前は 「G-CSF によるFNに対する一次予防は、 FNの発現頻度が20%を超える場合に考慮する」 とありましたが、 改訂により変更がありました。
このように、 ガイドラインの改訂により、 基本姿勢が大きく変更する場合もあります。 ガイドラインの確認は、 このような点でも大切です。
そして本症例に関して言えば、 一見するとpola-R-CHP療法を行う際にG-CSFの一次予防は全例で必要とはみえません。
ところが、 実際のPOLARIX試験では 「G-CSFの一次予防は臨床試験のプロトコルで必須」 とされていました。
すなわち、 POLARIX試験におけるFNの発現頻度は、 あくまで 「G-CSFの一次予防を全例で行った上での発現頻度」 であったということです。
ガイドライン、 実際のエビデンスともに、 選択された治療に加えて支持療法がきちんと行われた結果が報告されています。 そのため、 実施したことがないエビデンスを実行する際は、 可能な限り引用文献を確認するようにしましょう。
本症例の臨床的疑問の解決にあたり、 「造血器腫瘍診療ガイドライン」 および引用されているPOLARIX試験の文献を確認しました。 しかし、 このエビデンスを実行する前に確認すべきポイントがいくつかあります。
1つめは、 そのエビデンスが最新かどうかの確認です。 POLARIX試験の報告は2022年、 ガイドラインの発刊は2023年6月です。 ガイドライン発刊以降に出てきたエビデンスの有無を確認する必要があります。
最新のガイドラインを参照したとしても、 ガイドライン発刊後に真逆のエビデンスが創出されていて、 かつ自身がそれを把握していなかった場合には、 患者さんにエビデンスとは真逆の、 間違った治療を行ってしまうという事態が起こりうるわけです。
それゆえ、 ガイドラインを確認すると同時に、 新たに報告された大規模臨床試験やメタ解析、 システマティックレビューがないかどうかを確認できると理想でしょう。
なお、 POLARIX試験ののちに新たに創出されたエビデンスはないため、 現時点ではPOLARIX試験が最新のエビデンスと確認されました。
エビデンス実行前に確認すべき2つめのポイントは 「適格性の確認」 です。 POLARIX試験にも適格基準と除外規準がありますが、 まずは国際予後指標 (IPI) をみてみましょう。
POLARIX試験ではIPI 2~5が適格基準と規定されており、 IPI 0~1は試験から除外されています。 POLARIX試験の有効性はIPI 2~5の患者さんに限られるため、 目の前の患者さんがIPI 2~5に該当するかの確認が必要です。
3つめのポイントは 「安全性の確認」 です。 pola-R-CHP療法の安全性はPOLARIX試験を確認すれば分かりますが、 これはあくまでPOLARIX試験の適格性を満たした患者さんに限られます。
例えば、 POLARIX試験では18~80歳の患者さんが適格基準に規定されています。 ということは、 81歳以上の患者さんにはpola-R-CHP療法を安全に実施できるという保証はありません。
また、 仮にPOLARIX試験の適格性をすべて満たした患者さんだったとしても、 治療前の全身状態が非常に悪いなどの理由により試験医師の判断で臨床試験から除外されることはままあります。 そのため、 POLARIX試験で報告された副作用に耐えられないと判断される場合には、 少なくとも初回治療からpola-R-CHP療法を行うのは避けたほうがよいかもしれません。
このように、 新たに創出されたエビデンスの有効性だけに着目することなく、 実行に移す前に臨床試験の適格性と安全性を確認し、 目の前の患者さんが忍容できるエビデンスかどうかを確認するようにしましょう。
Step 6まで確認して、 この患者さんにPOLARIX試験のエビデンスを実行することになったとします。 実行に際しては、 POLARIX試験のメリットを享受できるように試験で規定されたスケジュールを守ることが重要です。
例えばPOLARIX試験では、 抗がん薬関連心筋症 (CTRCD) を見逃さないために治療開始前と終了後に心エコー検査が行われています。
こういった検査スケジュールは、 臨床試験のプロトコルが役立ちます。 必ずしもすべてを遵守する必要はなく、 臨床試験のデータとして実施している検査もありますので、 あくまで実臨床でも役に立ちそうな検査であれば参考にしましょう。
疾患や実行したエビデンスによって異なりますが、 本症例では初回治療への抵抗性 (primary refractory) や初回治療後の再発に留意する必要があります。 POLARIX試験では、 これらを早期に発見するために、 4サイクル完了時点および治療後の2年は半年、 その後の3年は年に1回のCTなどの画像評価が行われています。
POLARIX試験の主要評価項目はPFSであったため、 正確な評価のために日常診療と比較して頻回の画像評価が必要になった背景があったと予想されますが、 少なくともこの評価計画からは、 初回治療抵抗性および治療後2年は治療失敗が起こる可能性があることが示唆されます。
ということは、 この時期に画像評価を臨床試験通りに行うまではせずとも、 治療失敗例があることを念頭に置いてフォローする必要があると言えるでしょう。
初発のDLBCLに対する治療後に患者さんを困らせる副作用や合併症は多々ありますが、 過去に実施したことのないエビデンスであればあるほど、 その後の経過をつぶさに観察する必要があります。
例えばpola-R-CHP療法であれば、 末梢神経障害やCTRCD、 低ガンマグロブリン血症および併発するウイルス感染症は晩期障害として留意する必要があります。
pola-R-CHP療法の2年PFSは76.7%と報告¹⁾されていますから、 裏を返せば約4人に1人は不幸にも再発する計算になります。 しかし、 再発患者さんであっても、 CAR-T療法や二重特異性T細胞誘導抗体 (BiTE) といった新規治療によって治癒や延命を目指せるようになってきました。 だからこそ、 いざ再発した時にpola-R-CHP療法後の晩期合併症でこういった後治療の実行の際に支障にならないように留意しましょう。
第2回では、 初発のDLBCL患者さんに対する初回治療、 主にpola-R-CHP療法およびPOLARIX試験から得られたエビデンスを実行する際に留意する点を解説しました。
ガイドラインや論文、 新規のエビデンスを理解する際にはどうしてもその有効性に目が行きがちですが、 エビデンスが実行された背景も確認することで、 患者さんがそのエビデンスのメリットを最大限享受できるようになるでしょう。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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