HOKUTO編集部
1ヶ月前
進行・切除可能例を問わず、 消化器癌治療では分子標的薬や免疫療法の導入が進む一方で、 術後補助療法の最適化やRAS遺伝子変異を標的とした治療など未解決の課題も多い。 本稿では、 2025年4月までに報告された胃癌・大腸癌の注目試験3件を取り上げ、 治療戦略の個別化や今後の展望に資する知見を紹介する。
国立がん研究センター中央病院、頭頸部・食道内科
日本内科学会 認定内科医、 日本がん治療認定医機構がん治療認定医、 日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医、 日本食道学会 食道科認定医、 専門は食道がんや食道胃接合部がんの化学療法
切除可能な局所進行胃癌および食道胃接合部癌に対しては、 FLOT4試験により術前後FLOT療法が標準的な周術期治療として確立されている。 しかし、 術後FLOT療法を完遂できる症例は約半数に限られており、 適応症例の最適化が課題となっていた。
この課題に対し、 術前FLOT療法による病理学的治療効果が、 術後FLOT療法の有効性を規定し得るかどうかを検討する目的で、 国際共同コホート研究SPACE-FLOTが実施された。
本研究では、 2017年1月~22年1月に術前FLOT療法と根治手術を受けた、 遠隔転移を有さない胃癌・食道胃接合部癌の患者1,887例を対象とした。 参加施設は12ヵ国43施設にわたり、 術後の病理学的所見に基づき以下の3群に分類された。
- 完全奏効 (CR) 群 : 221例
- 部分奏効 (PR) 群 : 1,207例
- 非奏効 (MR) 群 : 459例
各群において、 術後FLOT療法の有無が無再発生存期間 (DFS) および全生存期間 (OS) に与える影響を評価した。
フォローアップ期間中央値は25.5ヵ月であり、 病理学的奏効の程度別にみたアウトカムは以下のとおりであった。
CR群
- DFS : ハザード比 (HR) 0.88、 95%CI 0.44–1.85
- OS : HR 0.69、 95%CI 0.31–1.54
PR群
- DFS : HR 0.68、 95%CI 0.55–0.86
- OS : HR 0.55、 95%CI 0.44–0.69
MR群
- DFS : HR 1.03、 95%CI 0.78–1.36
- OS : HR 0.96、 95%CI 0.70–1.30
術前FLOT療法に対する病理学的治療効果は、 術後FLOT療法継続の判断における重要な指標となり得る可能性が示唆された。
本研究では、 術前FLOTに対する病理学的所見に基づき3群に分類した結果、 PR群 (Becker 1b, 2) でのみ術後FLOTによるOS延長が認められた。 完全奏効例では術後治療は不要と考えられる一方、 MR群では予後不良にもかかわらず追加効果が乏しく、 新規治療の開発が望まれる。
MATTERHORN試験 (デュルバルマブ+FLOT療法 vs. FLOT療法の第III相比較試験) では、 優れた無イベント生存期間が報告されており、 今後日本でもFLOTを基軸とした治療戦略の普及が見込まれ、 本知見はその指針となり得る。
切除可能な局所進行胃癌に対する標準的な周術期治療は、 現在も殺細胞性抗癌薬が中心である。 一方、 術前治療に分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) を併用した場合の有効性に関する臨床データは限られており、 特にHER2陽性症例における有効性は十分に示されていない。
本研究では、 中国においてHER2陽性胃癌または食道胃接合部癌 (cT4および/またはN+、 M0) 23例を対象に、 術前CAPOX療法にトラスツズマブと新規抗PD-1抗体camrelizumabを併用した第II相単群試験である。 術前療法を4サイクル実施後、 D2郭清を伴う手術を行い、 さらに術後にCAPOX療法を4サイクル施行した。 主要評価項目は病理学的完全奏効 (pCR, pT0N0M0) 割合とされた。
登録患者は、 cT3が11例 (44%)、 cT4aが14例 (56%) で、 全例がリンパ節転移陽性であった。 うち23例が手術を受け、 pCRは5例 (21.7%)、 原発腫瘍の消失 (pT0) は7例 (30.4%) であった。 R0切除率は100%であった。
フォローアップ中央値は41.0ヵ月であり、 pCRを達成した5例では再発・死亡例は認められなかった。 一方、 non-pCR例 (18例) では7例に再発、 うち4例で死亡を認め、 3年無再発生存割合は78.3%だった。
安全性については、 術前治療中に36%の症例でGrade 3の有害事象を認めたが、 Grade 4–5の重篤な有害事象や手術の延期・再手術は認められなかった。
これらの結果から、 HER2陽性胃癌・食道胃接合部癌に対する術前CAPOX+トラスツズマブ+camrelizumab併用療法は、 良好な治療効果と忍容性を示したと考えられる。
切除不能な進行胃癌では、 HER2、 CLDN18.2、 PD-L1 CPS、 MSI-highといったバイオマーカーに基づく個別化治療が進展しているが、 切除可能例では依然として殺細胞性抗癌薬が周術期治療の中心である。 2025年の米国臨床腫瘍学会消化器癌シンポジウム (ASCO-GI 2025) で報告されたINNOVATION試験でも、 周術期化学療法に抗HER2抗体を上乗せしても、 長期予後の明確な改善は得られなかった。
こうした中で報告された本試験は、 術前治療においてもバイオマーカーに基づく治療戦略の可能性を示した点で意義がある。 一方、 FLOT+ICIを検討した前述のMATTERHORN試験では、 無イベント生存期間の有意な延長とpCR率約20%が報告されており、 これと比較すると、 抗HER2薬の上乗せ効果は限定的である可能性も考えられる。 ただし、 HER2を標的とした抗体薬物複合体 (ADC) の開発も進んでおり、 今後の治療選択肢として期待される。
CodeBreaK 300試験は、 既治療のKRAS G12C変異陽性大腸癌患者を対象に、 KRAS G12C阻害薬ソトラシブと抗EGFR抗体パニツムマブ (Pmab) の併用療法の有効性を検討した第III相無作為化比較試験である。 主要評価項目は無増悪生存期間 (PFS) であり、 すでに本併用療法が医師選択治療 (トリフルリジン・チピラシルまたはレゴラフェニブ) に対して有意なPFS延長を示したことが報告されている。
本報告では、 OSに関する解析結果が示された。 試験には160例が登録され、 以下の3群に無作為に割り付けられた。
- 医師選択治療群 : 54例 (主要評価項目解析後にクロスオーバー可能)
- ソトラシブ 960mg+Pmab群 : 53例
- ソトラシブ 240mg+Pmab群 : 53例
フォローアップ期間中央値は13.6ヵ月であり、 各群の死亡数は以下のとおりであった。
- 医師選択治療群 : 30例
- ソトラシブ 960mg群 : 24例
- ソトラシブ 240mg群 : 28例
OS (vs. 医師選択治療群)
- 960mg群 : HR 0.70、 95%CI 0.41–1.18
- 240mg群 : HR 0.83、 95%CI 0.49–1.39
奏効割合
- 960mg群 : 30.2%
- 240mg群 : 7.5%
- 医師選択治療群 : 1.9%
なお、 新たな有害事象の報告はなかった。
OSについては統計学的な有意差は認められなかったものの、 ソトラシブ (960mg) +Pmab併用療法は、 PFSの改善に加え、 良好な奏効率と安全性を有しており、 今後の標準治療として期待される。
大腸癌におけるRAS変異は、 抗EGFR抗体薬の適応可否を決定する重要なバイオマーカーであるが、 RAS変異そのものを標的とする治療薬の開発は困難とされてきた。 中でもKRAS G12Cを標的としたソトラシブは、 Pmabとの併用療法として開発され、 CodeBreaK 300試験においてPFSの有意な延長が示され、 2025年1月に米食品医薬品局 (FDA) から承認された。
今回のOS解析では、 統計学的な有意差は得られなかったが、 対照群の約3割が後治療としてKRAS G12C阻害薬、 あるいはそれに抗EGFR抗体薬を併用していたことが、 群間差の縮小要因と考えられる。 後治療においても高い奏効率が得られており、 症状緩和や病勢コントロールの面で本治療の意義は大きい。
今後、 日本における承認と臨床導入が期待される治療選択肢の一つである。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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