HOKUTO通信
1年前
「今のまま働き方改革が導入されれば、 地域の循環器救急診療が破綻し、 心筋梗塞の死亡率が上昇する」 ――。日本心血管インターベンション治療学会 (CVIT) の上妻謙理事長(帝京大医学部附属病院循環器センター長)はこう指摘する。労働時間の上限規制のほか、 激務に見合わない報酬体系も一因という。
学会は7月末、 記者会見を開き、 「医師の働き方改革と循環器救急診療の両立は不可能」として、 今後の循環器診療の在り方に関する提言を発表した。
心疾患は国内の死因の約15%を占めるが、 救命率は世界トップレベル。 いかに早く治療を始められるかが救命率に直結するなか、 24時間態勢でPCI (経皮的冠動脈インターベンション) ができる病院が身近にあるためだ。
学会が今年3〜4月、 CVIT専門医・認定医の研修施設などに行ったアンケート (864施設中601施設回答、 回答率70%) によると、 24時間365日PCIが可能な施設は90%に達する。
ただ、 学会は「これらの態勢は医師らの自己犠牲の上に成り立っている」 と説明する。 アンケートでは 「循環器医が毎日当直し、 緊急カテはオンコール召集」 と 「内科または全科当直で、 緊急カテはオンコール召集」 の施設は半々だった。 54%が当直明けも通常勤務としており、 当直明けが休みの施設は6%にとどまっている。
このような現状で、 医師の働き方改革をそのまま導入するとどうなるか。 上妻理事長は 「労働時間の上限規制はもとより、 連続時間勤務制限 (28時間) や代償休息の義務化が大きな問題となる」 と話す。
アンケートで働き方改革後の日当直への対応を尋ねたところ「常勤スタッフを増員する」 「当直のバイトを増やす」との回答はあわせて10%にとどまった。一方、 最も多い回答は「現状の人数で行う」の56%に達し、 「まだ決めていない」 も20%に及んだ。
「現状の人数で行う」と答えた施設のうち11%は、常勤スタッフ数が3人以下の施設だった。 学会では 「連続勤務時間制限などの条件を守れば、 スタッフ数3人以下で勤務態勢の維持ができるとは到底考えられない」としている。
連続勤務時間制限を守ると、 通常業務の縮小が余儀なくされる可能性がある。アンケートでどう対応する尋ねた (複数回答可) ところ、 「まだ決めていない」 (184施設) が最多で、 「当直の曜日を工夫やタスクシフトなどで業務を維持する」 (149施設) が続いた。一方、 「業務を縮小する」 は92施設だった。
オンコールで勤務した際の代償休息については、「規則どおり与える」 との回答は15%にとどまり、 「現実には不可能だと思っている」 が38%、 「まだ決めていない」 が47%だった。
他施設へ当直医を派遣している施設(全回答施設の26%)に対して、 働き方改革導入後の方針を聞いたところ、 「そのまま派遣する」は21%にとどまった。 「派遣先を少なくする」9%、 「宿日直許可を取得した病院のみに派遣する」29%など、 派遣を縮小する方針の施設も多く、 「派遣をすべてやめる」は1%だった。「まだ決めていない」も40%に及んだ。
労働時間の制限で大学病院が若手医師の当直派遣を減らせば、 現場の負荷がより重くなり、 離職する医師の増加を招くなど負のスパイラルに陥る懸念がある。
これらの実態を踏まえ、 学会は7月末、「医師の働き方改革と循環器救急診療の両立は不可能」 として、 今後の循環器診療の在り方に関する提言を発表した。
上妻理事長は 「医師の健康と医療安全の観点から働き方改革も大切だが、 このまま導入すれば循環器救急診療が破綻する地域が多く生じる」 とした上で、「まず行うべきは、 当直に伴う連続勤務の是正、 オンコール時の待遇改善、 タスクシフト・タスクシェアの促進、 診療科の偏在是正の早急な実施などにある」 と指摘する。
学会によると、 循環器科が激務であることは欧米も変わらないが、 激務に見合った報酬が支払われるため、 循環器科を選ぶ医師は減っていないという。
一方、 日本の勤務医の待遇は診療科に関わらない。働き方改革の一環で、 診療科による労働環境の差が可視化された結果、 多忙な循環器科を若手医師が避けるようになり、 年々循環器医が減少している。学会は 「循環器医の育成には10年ほど時間を要し、 増やそうと思ってすぐ増やせるわけではない」として、 労働環境の改善も働きかけていくという。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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