寄稿ライター
7ヶ月前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 5回目のテーマは 「専門外領域の診療拒否は応召義務違反になるの?」
現代の医療は細分化が進んでいる。 外科医といっても心臓血管外科と脳神経外科では対象疾患が違い、 まったく別の職能であることは、 医療者の間では常識だ。 だが、 テレビドラマでは心臓の難病を手術した医師が当たり前のように脳腫瘍の手術をしている。
こんな荒唐無稽がまかり通るのは、 医師でもあり、 執筆当時から専門分化をわかっていたはずの手塚治虫がブラックジャックをそのように描いたことが発端かもしれない。
確かに日本の臨床研修制度でもgeneralist要素を求める改革が行われて久しい。 しかし、 患者と裁判所の医師に対する要求水準は高くなる一方で、 専門外でよくわからない疾病を扱うのは願い下げであろう。
専門外の患者を扱う場合、 門前払いは可能だろうか。 診療拒否の問題として考えれば、 参考にすべきは厚労省医政局発の通達 (令和元年12月25日発1225第 4号) であろう。 基本的な考え方として、 緊急性の有無、 診療時間内・時間外でマトリックスを作っている【図1】。
図1をみると、 かつての厚生省医務局発 (昭和24年9月10日発第752号) の通達を大幅に変更していることが分かる。 以前は 「医師が自己の標榜する診療科名以外の疾病について診療を求められた場合、 患者が診療しないことを了承しなければ、 応急措置などできるだけの範囲のことをしなければならない」 としていた。
令和元年通達によれば、 「専門外」 という理由は診療を断る一要素となるが、 その一言だけで断れるものでもない場合がある。
最高裁の判例 (昭和36年2月16日判決) を見てみよう。 診療時間内は、 原則断れない 「最善の注意義務」 といわれる高度な義務を果たすことを求めている。 詳細は割愛するが、 判旨は、 売血に来た者 (患者ではない) が 「性病free」 の健康診断書を持参しているのに、 詳しく問診し、 本当に性病にかかっていないかどうか確認しないから医療ミスというものだ。
よくもこんなひどい判断を最高裁もしていたものである。 その後の判決を見ると、 裁判所も少しはまともになってきているようであるが、 中にはトンデモ裁判官も一定数いる。
厚労省通達にある 「時間内」 であるが、 救急外来は時間内・時間外どちらだろうか。 大阪高裁判決 (平成15年10月24日) では、 外傷性心タンポナーデの患者に対し、 当直だった脳外科医に心エコーを行う義務があるとしている。 令和元年の通達より前の事案であるが、 「救急告示病院だから」 「受け入れを標榜している時間帯だから」 1日中時間内ということだろうか。 トンデモ判決といってよいであろう。
専門外は全部専門診療科に行かせればよい、 との考えも当然浮かぶだろう。 細分化した現代の医療レベルを求めるなら、 正解といってよい。
ただ、 実際に専門科への受診を勧めただけで大丈夫だろうか。 例えば、 コロナにかかってから空咳が続くという通院患者から 「最近、 尿が赤くて…」 と言われた場合、 「私は呼吸器専門だから泌尿器科へ行ってね」 で済むのだろうか。 それとも、 泌尿器科の受診予約や対診依頼まで対応する必要まであるのだろうか。
東京地方裁判所の判決 (平成19年8月24日) は、 「多数の診療科を有する総合病院に勤務する医師は、 外来患者に他科領域の疾病等の疑いがあると認めた場合、 (~略~) 特段の事由があるときを除き、 他科の受診を勧めれば足りる」 とした上で、 「それ以上に患者の転医、 転科措置を講ずるまでの義務はないものと解するのが相当である」 としている。
つまり、 「受診を勧めたとカルテに書いておけばよい」 とのことだ。 ただ、 緊急の定義もあいまいで、 ガイドラインや文献には 「すぐに専門医に紹介する」 という趣旨の記載もあり、 裁判は水物、 用心が必要であろう。
厚生労働省 : 応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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