インタビュー
2ヶ月前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、 国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科・先端医療科医長の吉田達哉 (名古屋市立大卒) 先生に話を聞いた。 (全3回の第2回)
後期研修医として勤務した名古屋市立大学で出会ったのは、 がん研究で世界的に知られる上田龍三先生 (現・名古屋大特任教授、 名古屋市立大名誉教授) だった。
「1か月間という短い期間でしたが、 『こんな世界があるのか…』と衝撃を受けました」
英語論文を読んだり臨床試験のデータを学んだりしたほか、 教科書の裏にあるエビデンスに触れる刺激的な日々を送った。

その後、 元々所属していた旭ろうさい病院 (愛知県尾張旭市) に戻ったが、 上田先生から 「名古屋市立大で腫瘍内科設立を検討している。 一緒にやらないか」 と声がかかった。
「当時はちょうど腫瘍内科ブーム。 即断即決で行くことを決めました」
呼吸器や血液、 腫瘍と幅広い診療に関わる中、 「やっぱり肺がんをきちんと学びたい」 という思いが強くなっていった。 そんな折、 上田先生の紹介で、 国立がんセンター東病院 (千葉県) のレジデントに応募する機会を得た。
「地元志向が強かった僕にとって、 名古屋を離れて首都圏に行くのは緊張しました」
2011年、 東日本大震災の直後で首都圏の計画停電が続く中、 不安も大きかった。
「それでも、 せっかくのチャンスだからチャレンジしてみたい、 と勇気を出しました」

全国から集まったレジデント仲間と3年間切磋琢磨し、 論文執筆や学会発表に励んだ。 朝7時の回診から深夜まで臨床と研究に没頭する日々を送った。
「正直かなり大変でしたが、 仲間たちと一緒だったから乗り切れました。 上司や先輩医師との素晴らしい出会いもあり、 かけがえのない3年間でした」
その後、 上司から 「一度名古屋に戻って、 盛り上げてこい」 と背中を押され、 名古屋市立大学の関連病院である愛知県がんセンター (名古屋市) に赴任した。
愛知県がんセンターで研究や治験に全力を注ぎ、 日本一の治験登録数を達成するなど成果を残した。 初めて、 自分の責任による論文も数多く執筆した。

一方、 免疫チェックポイント阻害薬が出てきた時期でもあった。
「明らかに知識や勉強に割く時間が不足していました。 このまま日本にいてはダメだ。 こう痛感したんです」

編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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