HOKUTO編集部
5日前
CAR-T細胞療法は血液がん治療に革新をもたらしたが、 従来知られていたICANS (免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群) に加え、 特にBCMAを標的とするCAR-T細胞療法の登場により、 多様な神経毒性が注目されるようになっている。 これらの神経毒性は発症頻度こそ低いものの、 臨床的に重要であり、 感染症や血管障害など他疾患との鑑別が不可欠である。 本稿では、 欧州血液骨髄移植学会 (EBMT) が発表した総説論文に基づき、 非ICANS神経毒性の種類、 特徴、 およびその管理戦略について概説する。
CAR-T細胞療法後には多様な神経症状が認められ、 その理解と的確な対応が求められる。 ICANSとは異なる特徴を示す、 いわゆる非典型的な神経学的合併症として、 以下のようなものが報告されている。
注目すべき非ICANS神経毒性として、 まず運動・神経認知毒性 (motor and neurocognitive toxicity : MNT) が挙げられる。 これは主にBCMAを標的としたCAR-T細胞療法において認められ、 サイトカイン放出症候群 (CRS) やICANSの改善後に遅発性に発症することが典型的である。
症状は進行性であり、 動作緩慢、 小字症、 振戦、 歯車様固縮などの運動障害に加え、 注意力低下や記憶障害といった認知機能障害、 さらには表情の減少や無感情といった人格変化を呈することがある。
診断においては、 血中または脳脊髄液 (CSF) 中にCAR-T細胞が検出されることが関連し、 加えてドパミントランスポーターイメージング (DaTスキャン) が正常であることが特徴とされる。
次に、 脳神経麻痺もBCMAを標的としたCAR-T細胞療法において比較的頻度が高く報告されており、 CD19 CAR-T細胞療法においても発症がみられることがある。
注入後早期に発症する傾向があり、 最も一般的なのは顔面神経麻痺である。 片側性または両側性に出現し、 CAR-T細胞の高い増殖率や曝露量との関連が示唆されている。
中枢神経系 (CNS) 腫瘍に対するCAR-T細胞療法においては、 腫瘍炎症関連神経毒性 (tumor inflammation-associated neurotoxicity : TIAN) と呼ばれる局所的な神経毒性が問題となることがある。
臨床症状は腫瘍の局在に依存し、 頭痛やヘルニア症候群などの頭蓋内圧亢進の兆候 (タイプ1)、 あるいは既存の神経症状の一過性の悪化 (タイプ2) として出現する。 診断には脳および脊髄のMRIが不可欠である。
主にCD19 CAR-T細胞療法後に報告されている神経毒性として、 虚血性脳卒中が挙げられる。 突然発症し、 急速に進行する可能性があり、 言語障害、 片麻痺、 顔面下垂などの症状がみられるが、 無症候性の場合もある。
重篤なICANSとの関連も指摘されており、 緊急のCTスキャンによる評価が必要とされる。
脊髄症もCD19 CAR-T細胞療法後に認められることがあり、 ICANSの発症と同時期あるいは直後に出現することがある。
弛緩性対麻痺や膀胱直腸障害など、 重篤な症状を呈する場合があり、 MRIおよび腰椎穿刺による評価が重要である。
CD19およびBCMAを標的としたCAR-T細胞療法の両方において、 末梢神経障害およびギラン・バレー症候群が報告されている。
ギラン・バレー症候群では、 背部痛や急速に進行する上行性の対称性筋力低下、 腱反射の消失、 感覚異常、 自律神経機能障害などが特徴であり、 重症例では呼吸不全に至ることもある。
高用量フルダラビンを用いたリンパ球除去療法後に遅発性で発症する重篤なフルダラビン関連神経毒性についても認識しておく必要がある。
視覚障害を初発症状とし、 四肢麻痺、 認知障害、 失明、 昏睡へと進行する急速進行性の経過をたどる。 脳MRIでは、 急性中毒性白質脳症に一致する所見が認められる。
本論文で紹介されている非ICANS神経毒性のうち、 BCMA標的CAR-T細胞療法に関連して発症し、 具体的な管理フローチャートが提示されている運動・神経認知毒性 (MNT) に焦点を当て、 診断および治療の要点を整理する。
MNTの診断にあたっては、 以下の評価を通じて他の鑑別疾患を慎重に除外する必要がある。
治療は、 患者の全身状態およびCAR-T細胞の動態に応じて段階的に進められる。
第一選択
臨床的改善が得られた場合
ステロイド抵抗性または悪化が認められる場合
さらなる悪化およびCAR-T細胞の残存が認められる場合
CAR-T細胞療法中に新たな急性局所神経症状 (例 : 片麻痺、 失語、 構音障害など) が出現した場合には、 迅速な評価と対応が求められる。
CT血管造影やMRアンギオグラフィーを実施する。
主幹動脈に狭窄・閉塞が認められる場合
血管閉塞が明らかでない場合
CAR-T細胞療法後に出現する神経症状は、 CAR-T細胞そのものによる直接的な毒性に限らず、 感染症、 併用薬 (例 : フルダラビン) による影響、 代謝異常、 原疾患の進行、 脳血管障害など、 さまざまな要因が関与し得る。
そのため、 広範かつ系統的な鑑別診断の徹底が不可欠であり、 多角的な視点からの評価が求められる。
CAR-T細胞療法を受けた患者においては、 治療に伴う免疫活性化やサイトカイン放出が神経炎症を惹起し、 認知機能の低下や気分障害など、 長期にわたる心理的影響を残す可能性が指摘されている。
不安、 抑うつ、 再発への恐怖といった精神的ストレスも報告されており、 治療開始前からの心理的評価および継続的なサポートが望まれる。 これには、 精神科医やソーシャルワーカーを含む多職種による支援体制の整備が重要である。
本レビューは、 CAR-T細胞療法に伴う非ICANS神経毒性の診断と管理に関する現時点での実践的指針を示しており、 診療の標準化と予後改善に寄与する内容である。 今後は、 病態の解明と治療戦略の確立、 ならびに長期的な心理社会的影響への対応強化が求められる。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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