寄稿ライター
4ヶ月前
「あの医師はひどい」「◯◯病院の医師は医療過誤で人を殺した」 ーー。 こういったSNSの誹謗・中傷に悩まされたことはありませんか?新連載 「弁護医師が説く 医師と刑法のハナシ」 では、医師にまつわる刑法のポイントをひもといてもらいます。
医師に限らず、 法律専門職以外の者にとっては、 法律の条文や仕組みは縁遠いものである。 「裁判沙汰」 という言葉があるくらい、 裁判に関わることはできるだけ避けたいものだし、 弁護士から内容証明がきただけで震え上がる人もいそうである。
いきなり 「刑法犯にはこんなのがある」 「これは◯条に該当するよ」 と説明しても、 映画やドラマには出てこない犯罪がほとんどで、 なじみが薄い。 医師も起こしやすい交通事故は、 自動車運転処罰法という特別法上の犯罪であるし、 医師法や麻薬取締法も刑法には含まれない。
そこで、 どの犯罪についても検討する必要がある 「刑法総論」 の話をしてみたい。
最初なので刑法の 「適応範囲」 を考えてみよう。 例えば、 SNSなどで誹謗中傷を書き込むと、 名誉毀損 (刑法230条) や、 最近処罰が重くなった侮辱罪 (刑法231条) に該当する。 この 「刑法」 は日本の法律だが、 海外旅行中に書き込まれたり、 外国人の患者に書かれたらどうだろう。
なお名誉毀損罪は、 事実を摘示 (例:「この医者は昨年TAVIの実施の際医療過誤で患者を殺した」 ) したら成立するが、 摘示せず評価だけした (例:「この医者は本当に極悪人で許せん卑劣で唾棄すべき人物だ。 死んでしまえ」 ) 場合は成立しない。
大原則として刑法第1条1項に 「この法律は、 日本国内において罪を犯したすべての者に適用する」 と書いてある。 つまり、 国内で中傷の書き込みがあれば外国人でも同じように処罰される。 飛行機の中でもJALやANAであれば 日本国内と同じように扱われる (1条2項)。
ではハワイ旅行の際に、 医師への誹謗中傷が書き込まれたらどうだろう。 誹謗中傷によってその人の社会的評価が下がり得ると判断できるような内容で、 名誉毀損に該当する場合、 日本人なら名誉毀損罪が成立する (刑法3条13号)。 一方、 外国人ならおとがめなしで、 侮辱罪にとどまるなら不可罰である 。
ハワイで米国人が日本人を殴ったらどうか。 怪我をしたら傷害罪 (刑法204条) なので、 犯罪者引渡し条約のある米国の場合、 日本に引き渡して日本の刑法犯として処罰されるのが原則となる (刑法3条の2第3号)。 一方、 怪我がなく、 暴行罪 (刑法208条) にとどまる場合は日本の刑法犯とはならない (ハワイ州法で処罰対象とはなる)。
パズルみたいだが、 以下のスキームになっている。
・国内の犯行ならだれでも刑法犯として処罰される (1条)
・紙幣偽造など国のシステムへの重大犯罪は、 国外でも誰でも日本の刑法で処罰される (2条)
・日本人が海外で犯したやや重い犯罪は日本刑法で処罰される (暴行罪は対象外)
・外国人が日本人に対して犯した一定の犯罪も処罰される (3条の2)
名誉毀損か侮辱か、 殴っても怪我を負わせたかどうかで傷害か暴行か変わってくるので、 先生方の診断書が重くなるのである。 書くときには、 どのような分水嶺になるのか、 知っておくといいかもしれない。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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