HOKUTO編集部
5ヶ月前
本邦の泌尿器科領域でも遺伝子診断からコンパニオン治療へとつながる時代となり、 BRCAも新たな分野として注目を浴びている。 本稿ではBRCA遺伝子の歴史的背景、 疫学、 BRCA1とBRCA2の違い、 前立腺癌のみならず他の癌種との関係について解説する。 (解説医師 : 東京慈恵会医科大学 葛飾医療センター泌尿器科診療医長 田代康次郎先生)
BRCAとは、 「breast cancer susceptibility」 の略であり、 直訳すると 「乳癌感受性」 となる。 歴史的には1990年に若年性家族性乳癌の原因遺伝子である部位 (遺伝子座) として発見され、 その遺伝子座がBRCA1と名付けられた¹⁾。 1994年にBRCA1²⁾、 1995年にBRCA2³⁾がそれぞれ単離・同定された。 ちなみにBRCA1を同定したのは日本人 (三木義男氏) である。
BRCA1/2の変異保有者は乳癌および卵巣癌の発症リスクが大きく上昇することが知られ、 最近の報告でも女性の乳癌で約10倍、 卵巣癌では数十倍も発症しやすいことが知られている⁴⁾。
このような背景から、 BRCA1およびBRCA2の病的変異が生殖細胞系列の病的バリアントに起因する乳癌および卵巣癌をはじめとする易罹患性症候群は遺伝性乳癌卵巣癌 (hereditary breast and ovarian cancer ; HBOC) と称されている。
その名称から勘違いしやすいが、 HBOCには前立腺癌をはじめ男性乳癌、 膵癌、 悪性黒色腫も含まれる。
前立腺癌の家族集積性は比較的古くから報告があり、 1990年に米国で行われた疫学的研究では、 第1度近親者 (親・兄弟・子) に1人の前立腺癌患者がいる場合、 前立腺癌の罹患リスクは2倍、 2人で5倍、 3人以上では11倍になると報告されている⁵⁾。
2004年にスウェーデンで行われた大規模な癌家族歴調査では、 親子間 (2.55倍) よりも兄弟間 (3.58倍) の家族歴の方が前立腺癌の疾病リスクが高いことが報告されている⁶⁾。
2007年には、 アイスランド発祥の特定のBRCA2変異 (999del5) 保有者を対象とした後ろ向き研究において、 変異保有者は非保有者に比して若年で発症し、 前立腺癌の進行も早いことが確認された⁷⁾。
米国の約700例の転移性前立腺癌患者の解析においても11.8%がDNA修復遺伝子に何らかの変異を有しているとされ、 0.9%がBRCA1変異、 5.3%がBRCA2の変異を有していた⁸⁾。
進行性前立腺癌の生殖細胞系列変異と体細胞系列変異を区別したところBRCA1 (生殖細胞系列変異0.9%、 体細胞系列変異0.9%)、 BRCA2 (生殖細胞系列変異8.6%、 体細胞系列変異7.7%) とされ、 それぞれ約半数ずつを占めることが報告されている⁹⁾。
BRCA1/2の変異頻度は前立腺癌が進行してもあまり増えないとされている¹⁰⁾¹¹⁾。
▼DNA損傷の修復
BRCA1/2は、 いわゆるDNA損傷の修復に関わり、 さまざまな内的・外的要因により受けた損傷を修復することは広く知られている。 BRCA1は主にDNA二本鎖切断の相同組み換え修復 (HRR) に関わるほか、 細胞周期を制御し、 多くの転写因子の補助因子として機能している。 また、 アポトーシスを制御し細胞増殖に関与している。 BRCA2もDNA二本鎖切断のHRRが主たる機能である。
このため、 BRCA1/2の病的変異による機能不全は、 DNA修復がHRRよりも精度が不正確なnon-homologous end joining (NHEJ) やsingle-strand annealingといった修復経路で代償され細胞死が誘導されたり、 変異が蓄積することにより癌化が促進される¹²⁾。
▼細胞死・癌化の促進
BRCA1/2の病的変異による機能不全は、 DNA修復がHRRよりも精度が不正確なnon-homologous end joining (NHEJ) やsingle-strand annealingといった修復経路で代償されるため、 細胞死が誘導されたり、 変異の蓄積により癌化が促進される¹²⁾。
BRCA1/2はファンコニ貧血 (FA) の原因遺伝子でもあり、 両アレルに生殖系列病的バリアントを持つ場合、 FA-S相補群 (BRCA1)、 FA-D1相補群 (BRCA2) という疾患になる。 そのため、 BRCA1はFANCS、 BRCA2はFANCD1とも称される¹³⁾¹⁴⁾。
BRCA1/2がDNA損傷の修復に関わる機序から考えると、 HBOC関連の癌種 (乳癌、 卵巣癌、 膵癌、 前立腺癌など) だけではなく、 他の癌種に影響を与えても不思議ではない。
理化学研究所を中心とした研究グループは、 2022年にバイオバンク・ジャパンの保有する日本人の14癌種のBRCA1/2について解析し、 HBOC関連癌のみならず、 胃癌、 食道癌、 胆道癌の罹患リスクを高めていることを発見した⁴⁾。
この結果から、 BRCA1/2の病的変異保有者においては早期発見のスクリーニング (サーベイランス) が推奨され、 治療においてはPARP阻害薬の効果が期待される。
▼卵巣癌
卵巣癌ではBRCA1変異の方がBRCA2変異よりも罹患リスクが圧倒的に高い⁴⁾。
OR : 75.6 vs 11.3
▼乳癌
乳癌でもBRCA1変異において多い傾向がみられる⁴⁾。
OR : 16.1 vs 10.9
▼前立腺癌
前立腺癌においてはBRCA2変異に多い傾向が見られた⁴⁾。
OR : 1.1 vs 4.0
前立腺癌においてはBRCA1変異の方がBRCA2変異より発現頻度が低く、 BRCA2病的バリアントは予後不良因子とされるが、 日本人前立腺癌患者においてBRCA1の生殖細胞系列病的バリアント保有者の割合は疾患群で0.2%、 対照群に0.1%で有意差を認めず、 BRCA1に関しては結論が出ていない¹⁵⁾。
一般にBRCAが機能不全になる例では両アレル (父由来・母由来両方の染色体) の機能不全 (Loss of Heterozygosity : LOH) が認められるが、 前立腺癌においてはBRCA1変異があっても両アレルの変異となる割合が少ないことが報告されている¹⁶⁾。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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