寄稿ライター
15日前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 18回目のテーマは、 「重過失ってなんだ?」
医師が日常的に行う医療行為は、 患者の生命や身体に直接影響するため、 常にリスクと隣り合わせである。 時には患者の死亡という重大な結果を生ずることもある。
一方、 結果が重いものかどうかは、 本来、 過失の重さとは無関係のはずである。 万が一のトラブルに備え、 法的な概念としての 「過失」、 特に 「重過失」 について知っておく必要がある。
まず、 過失には 「軽過失」 と 「重過失」 があり、 法的には明確に区別されている。
たとえば刑法上、 通常の過失致死傷 (刑法209・210条) では、 死亡しても最大50万円以下の罰金となる。 だが、 重過失があった場合、 5年以下の禁錮とされ、 一気に罪が重くなる。
医師の場合、 業務上過失致死傷に該当すれば、 重過失と同様に重く問われる。
重過失とは、 注意すれば容易に回避できたにもかかわらず、 著しく注意を欠いた行為を指すとされるが、 未必の故意とは、 結果発生の容認の有無で区別される。
「たぶん血管損傷で死んだりしないよね」 と些か乱暴な剥離を行う場合は過失 (無謀なレベルだと重過失) だが、 「血管切れて死んでもいいや」 と思って乱暴な手技をするのは未必の故意である。
取引上でも重過失概念がある (廃止予定の手形法16条など)。 この場合は 「故意と同視するべきような過失」 とされる。 普通、 そんなのにサインしないよね、 そりゃ本当はわかってたか、 ぐるなんじゃないの?といったレベルである。
重過失の認定は、 上述のように微妙なところがあり、 裁判所の判断に委ねられる。 実際の裁判例を見てみよう。
2017年10月、 福岡高裁が言い渡した判決では、 剣道部顧問の教員が熱中症の兆候を示した生徒に対して 「演技するな」 と叱責し、 ビンタを繰り返すなどの指導を続けた結果、 生徒が死亡。 顧問には重過失が認められた。 一方で、 副顧問であった理科教諭については、 日頃から練習に関与していなかったという理由で重過失が否定されている。
このように、 ある重大な結果に関わった者同士でも 「何をどの程度知っていたか」 「どれだけ対応する立場にあったか」 が判断の分かれ目となる。 つまり、 結果の重大さよりも、 加害者の注意義務の程度と、 その違反の質が焦点となる。
医療現場でも同様の事例がある。 たとえば、 若い看護師が 「横から入れていいですか?」 と聞き、 リーダーが 「はい」 と応じたケースが、 結果として医療事故につながったとして、 重大なミス=重過失とされた判例 (大津地裁 平成15年9月16日) も存在する。 裁判所は結果の重さに引きずられる傾向が強く、 過失の重さと結果の深刻さが混同されがちなのが実情だ。
民事上でも、 重過失か否かは責任の有無や賠償範囲に直結する。 たとえば、 火災を引き起こした際には 「失火責任法」 によって原則として賠償義務を免れるが、 「重大な過失」 があった場合は例外的に責任を問われる。
また、 公務員 (救急隊員、 公立学校教員など) が職務中に第三者に損害を与えた場合、 原則として自治体や国が賠償を行う (国家賠償法1条1項)。 ただし、 故意または重過失があった場合に限り、 後から個人に 「求償」 できる (同2項)。 ここでも重過失の認定が鍵を握る。
医療の世界では、 公立病院勤務の医師であっても、 一般診療に関しては国家賠償法の適用外となるケースもあるため、 注意が必要だ。
研究分野でも重過失の概念は無視できない。 臨床研究法施行規則15条3項では、 研究に 「特に重大な不適合」 があった場合、 速やかに認定臨床研究審査委員会の意見を聴くことが求められる。
ここでいう 「重大な不適合」 とは何か。 厚労省通知 (令和4年3月改正) などでは、 同意取得の不備 (例 : 同意書の取り忘れ) が典型例とされている。 一方で、 臨床研究法では 「人権、 安全性、 研究の信頼性に影響を及ぼすもの」 と定義しており、 倫理指針との間に解釈のズレがある。
特に、 日常診療レベルの低侵襲検査で被検者に同意を取り忘れた場合に、 ただちに重大な不適合に該当するとする運用には、 過剰な規制としての懸念がある。
医療における過失の評価は本来、 単なる結果ではなく、 「どれだけ注意を払うべきだったか」 という姿勢にかかっている。 もっとも、 実務では 「結果の重大性」 に裁判所の判断が引きずられる傾向が否めない。
裁判官もマスコミ報道などに影響を受けることがあるので、 結果が悲惨だと、 過失も重いと判断される傾向もないわけではない。
医師にとって、 重過失とされないために重要なのは、 「説明を記録に残す」 「方針決定の根拠を明確にする」 「手続きの形式をおろそかにしない」 ことである。 日常診療の中で、 それが当たり前になっているか――改めて確認したい。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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