寄稿ライター
4日前

医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」第28回では、 美容診療などの自費診療と健康保険の適用について考える。

交通事故で救急搬送された患者の診療では、 多くの場合、 自動車保険などの損害保険が関係する。 そのため、 保険会社と医療機関との取り決めに基づき、 通常の健康保険診療より高い単価で診療費が算定されることが少なくない。
一方で、 患者本人が健康保険の利用を希望した場合、 医療機関がこれを拒否する理由はないとされている。
ある裁判で、 交通事故で頭部外傷を負い、 意識不明で搬送された患者について、 診療費の算定基準が問題になった。 実際に行った通常の診療について、 いくら支払わなければならないかという争点である。 患者は医療機関に 「1点25円」 で支払うという書面にサインしている。
しかし判決 (千葉地裁松戸支部令和6年6月14日) では、 「患者が意識不明であり1点25円で支払うような診療契約は成立していない」 として、 「医療機関に支払うべき費用は、 事務管理の費用として通常必要な範囲に限られ、 健康保険診療相当額 (1点10円計算) を支払えば足りる」 と判断した。

詳細は割愛するが、 健康保険法や国民健康保険法には、 患者が健康保険の被保険者である以上、 交通事故によるけがや、 第三者による加害行為を理由として適用を除外する規定は存在しない。 医学的に必要な診療であれば、 本来は法律上の根拠がない限り、 保険適用を否定できないといえる。
ただし、 保険診療には一定のルールがあり、 保険で認められていない特殊な治療や新しい治療は、 保険適用外となることがある (いわゆる療担規則18条)。 また、 保険診療と自由診療を併用する 「混合診療」 も、 原則として認められていない。
実際に、 がん治療で保険診療と自由診療を併用したケースでは、 裁判で保険給付の可否が争われ、 最終的には保険給付を認めない判決となった (控訴審東京高裁平成21年9月29日判決、 上告審最高裁第3小法廷平成23年10月25日判決)。
さらに、 健康診断や研究目的の検査 (療担規則第20条)、 故意の犯罪行為や自傷行為によって生じた傷病なども、 原則として保険給付の対象外とされている (健保法116条)。

混合診療は主に、 同じ医療機関の中で保険診療と自費診療が混在するケースが問題となる。 これに対し、 自費診療を受けた患者が、 別の医療機関で副作用や合併症の治療を受ける場合には、 扱いがやや複雑になる。
例えば、 未承認薬による治療後に副作用が生じ、 別の病院で検査や治療を受けるケースでは、 「実質的には混合診療に当たるのではないか」 と指摘されることもある。 こうした点について、 あらかじめ患者に混合診療であるとして注意喚起を行っている医療機関もみられる。

近年社会問題化している美容医療はどうなるのか。 美容医療の合併症について、 「健康保険の対象外」 との見解が示されることもある。
しかし、 蜂窩織炎や血腫、 肥厚性瘢痕などに対する治療は、 通常の保険診療でも日常的に行われている。 抗菌薬投与や血腫除去なども、 特別な治療には当たらない。 それが美容医療によるものかどうかは診療への影響は少ないであろう。 さらに、 明らかな変形や機能障害などを伴う場合には、 「疾病・負傷」 に当たると考えられる。
上記を鑑みると、 特に除外規定がない以上 「美容医療に伴う合併症である」 という理由のみで、 直ちに健康保険の対象外になるとは考えにくい。
本来、 こうした対応は、 患者に安全な医療を提供するための医療連携として行われるものだが、 制度上は、 混合診療との関係が問題視される余地も残されている。 今後は、 学会などを中心に、 美容医療と高度医療機関との適切な連携のあり方について、 一定の整理が求められる。

合併症が生じた際の費用負担も問題となる。 例えば、 美容医療後に合併症が発生し、 大学病院などで追加治療が行われた場合、 「美容クリニック側が負担するべき」 だという意見もあるが、 法律上は必ずしもそうとは限らない。
実際の裁判で、 「美容外科の施術も、 医療水準に照らして適切だったかで過失を判断すべき」 という判決が出たことがある (大阪地方裁判所 平成28年3月15日判決)。 つまり、 美容外科手術で合併症が生じたとしても、 施術に過失がなければ、 合併症の治療費は原則として患者負担となる。
合併症の治療中に医療過誤が起きた場合には、 医師賠償責任保険の適用も問題となる。 主要な保険会社の医師賠償責任保険では、 「美容のみを目的とした診療」 は補償対象外とされることがある。 しかし、 合併症治療で、 「さらに美しくするための治療」 を行うような場合以外は、 美容のみを目的とした診療とはいい難いと思われる。
すなわち、 合併症として生じた感染症などに対し、 通常の医療として治療を行う場合には、 賠償責任保険の補償対象になると考えられる。


編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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