インタビュー
2ヶ月前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、 亀田総合病院呼吸器内科主任部長の中島啓先生に話を聞いた。 (全3回の第1回)
幼少期の夢は科学者になることだった。 ただ進学した久留米大附設高 (福岡) は、 学年の半数は医学部に進学する環境で、 「流れ」 で九州大学医学部に進学した。
「正直、 高校まではレールに乗った人生でした。 ところが、 これまでの人生観を変えるような2つの大きなスランプを経験したんです」
入学後、 大学生活は想像と違っていた。
「思った以上に閉鎖的な雰囲気になじめず…。 大学外のサークル活動に打ち込んだり、 勉強はせずに友達と遊ぶのに明け暮れた時期がありました」

実習が始まると、 今度は 「医療」 そのものへの違和感が芽生えていく。
「大学では、 臓器別の診療科に分かれ、 患者さんを診るというよりは疾患部位を診るような診療スタイルでした。 それまでイメージしていた患者さんに寄り添う医療とは違っていたので、 自分がどんな医師を目指せばいいのか分からなくなりました。 モチベーションもどん底でした」
周囲からの反対を押し切り、 大学4年生の実習が始まる直前、 1年間大学を休むことにした。

この1年間は、 その後のキャリアを決定づける欠けがいのない時間となった。 親に申し訳なく、 「学費の半分は自分で稼ぎたい」 とアルバイトをしながら、 いろいろな本を読み、 いろいろな人に会った。
そんな時、 父の知人から渡されたのが、 聖路加国際病院名誉院長で2017年に105歳で亡くなった医師・日野原重明先生の著書 「生き方上手」 だった。
「本に書かれていた『病気だけではなく人を診る医療』、 『患者の心と家族までケアする全人的な医療』という考えに、 共感しました。 かっこいいなと思いました」
まさに自分が目指すべき医師のあり方だと確信した瞬間だった。 さらに、 同書に登場した近代医学の父ウィリアム・オスラーの生き方も医師としての生涯の目標にすることを誓った。

休学期間中には渡米もした。 4ヵ月間滞在し、 ルート66を横断する旅やホームステイなどを経験した。
「いつか臨床留学を目指すかもしれない、 という理由で渡米に踏み切りました。 多様な文化や価値観に触れ、 それまでの狭い世界から抜け出し、 自分の視野が一気に広がるのを感じました」
生活しながら英語を使うことで、 英語力も一段階上がった。
「大学を休んだ1年間で自分の姿勢や価値観が大きく変わりました。 それまでは、 失敗や挫折をする経験がなく、 失敗への恐怖がありました。 でも、 レールから1回落ちたことで、 チャレンジする覚悟ができました。 あの1年がなければ、 今の私はいないといっても過言ではありません」

編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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