Beyond the Evidence
11ヶ月前
「Beyond the Evidence」 では、 消化器専門医として判断に迷うことの多い臨床課題を深掘りし、 さまざまなエビデンスや経験を基に、 より最適な解決策を探求することを目指す企画です。 気鋭の専門家による充実した解説、 是非参考としてください。
切除不能膵癌に対する1次薬物療法に何を選択するか?
切除不能膵癌の1次薬物療法は、 未だに細胞障害性抗癌薬による多剤併用化学療法が主役であり、 分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬の有効性が今のところ限定的であることが特徴である。 筆者は腫瘍微小環境の特性が影響していると考えており、 既存のモダリティの応用では劇的な予後改善はないものと想像している。 そのため、 これらの化学療法レジメンの最適化が引き続き課題となる。
▼NAPOLI-3試験
2023年は正に切除不能膵癌1次薬物療法の年であった。 1月のASCO GI 2023において、 NALIRIFOX療法のGnP療法に対する全生存期間 (OS) における優越性が示された (11.1ヵ月 vs 9.2ヵ月、 HR 0.83、 95%CI 0.70–0.99)。 この追加報告は6月のASCO 2023でも口演で行われ、 9月には『The Lancet』において発表された¹⁾。
▼GENERATE (JCOG1611) 試験
一方で、 10月のESMO 2023で本邦のGENERATE (JCOG1611) 試験の結果が公表され、 mFOLFIRINOX療法のGnP療法に対する優越性は示されず、 むしろGnP群の方がOSが良好であった (17.1ヵ月 vs 14.0ヵ月、 HR 1.31, 95%CI 0.97–1.77)²⁾。
国際試験と国内試験において、 3剤併用療法 vs 2剤併用療法という観点では全く逆の結果が得られたことになる。
これらの結果を解釈する上ではどの視点に立つかが重要と考えられる。
▼使用薬剤の違い
NALIRIFOX療法とmFOLFIRINOX療法を異なったレジメンと考える場合、 それぞれ含まれる薬剤の違いに注目することができる。 まずnal-IRI自体が膵癌のキードラッグである可能性である。
NAPOLI-3試験では1次治療において、 GENERATE試験ではGnP療法群の2次治療の多くにnal-IRIが使われていたのに対し、 NAPOLI-3試験のGnP療法後群では2次治療でのnal-IRI使用割合は低かったといわれている。
(free) IRIとnal-IRIは同一視されがちであるが、 drug delivery system (DDS) により腫瘍内濃度が改善するなど基礎的な違いも示されている。 さらに、 nal-IRI+フルオロウラシル+ロイコボリン (nal-IRI+FF) 療法がNAPOLI-1試験において2次治療でのOSにおける優越性が示されている³⁾のに対し、 (free) IRIを用いたFOLFIRIのactivityが限定的であること⁴⁾は臨床的な効果の差も示しているといえるだろう。
▼投与量の違い
NALIRIFOX療法ではnal-IRI (50mg/m²) とオキサリプラチン (60mg/m²) が、 通常量より低い用量で用いられていることが忍容性の向上から有効性を示すことにつながった可能性も考えられる。
実際に、 GnP療法群の有害事象中止割合はGENERATE試験、 NAPOLI-3試験ともに24%で数字上一致していたのに対し、 GENERATE試験のmFOLFIRINOX療法群は34%、 NAPOLI-3試験のNALIRIFOX療法群は14%と倍以上の差があることは興味深い。
▼人種の違い
一方で、 NALIRIFOX療法とmFOLFIRINOX療法を同様の3剤併用療法と考える場合は有効性および安全性の人種差を考慮する必要がある。 すなわち、 アジア人にはGnP療法がより有効で、 欧米人には3剤併用療法がより有効である可能性である。
GENERATE試験は全例日本人、 NAPOLI-3試験で東アジアは韓国のみ含まれており (本邦は未参加)、 最終的なアジア人の割合は5%であったことに注目する必要がある。 この人種差についてはサポートするメタアナリシスもあり⁵⁾、 更なる検討が必要と思われる。
少なくとも日本人 (アジア人) では、 1次治療GnP療法、 2次治療nal-IRI+FF療法のシークエンスを軸に今後の臨床および開発が行われていくものと考えられる。
▼NALIRIFOX療法とGnP療法の優先順位
最初の課題は、 NALIRIFOX療法が本邦に導入された場合のGnP療法との優先順位になる。 NAPOLI-3試験のエビデンスからは、 NALIRIFOX>GnPを考えたいが、 前述の人種差の懸念もあり、 NALIRIFOX療法の日本人でのデータも含めて考える必要があると思われる。
▼S-1およびオキサリプラチンの活用方法
次に、 現状のシークエンスで役割が無くなったS-1およびオキサリプラチンの活用である。 シンプルに考えれば後方ラインで、 ということになるが、 膵癌では2次治療までの生存利益しか示されていないこと、 1次治療GEM単剤時代にSOX療法のS-1療法に対する生存利益が示されなかったこと⁶⁾、 などの背景から単純な議論はできないのが現状である。
現在の開発状況からは標的療法や免疫療法が膵癌で直ちに実用化されることはないと考えられるため、 引き続き化学療法レジメンの最適化が課題となるものと思われる。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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