インタビュー
9ヶ月前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor's Career」。 今回は、 メイヨー・クリニック (米国) 感染症科の松尾貴公先生に話を聞いた。 (全2回の1回目)
医師を志すきっかけは、 高校1年生の時、 地元・長崎の大学病院に救急搬送されたことだ。
「運動会翌日の早朝、 激しい腰の痛みで目を覚ましました。 腰痛に加えて39度の高熱と悪寒で何日間も苦しみました」
病名は 「黄色ブドウ球菌による腰椎椎間板炎/傍脊柱菌膿瘍」。 約3週間の入院生活を送った。

「サッカーを続けていけるのか、 勉強が遅れてしまわないか、 そもそも生きていけるのか、 本当に不安な毎日を送りました。 そんな時、 医師らから『必ず治るから大丈夫、 あせらず治療にゆっくり専念することが大事』と声をかけられ、 心の支えとなりました」
当時は尊敬する小・中学校の先生に出会ったことで 「人の成長に寄り添える職業につきたい」 という理由から教師を目指していたが、 この経験を通じて 「自分も医師になって苦しんでいる人の役に立ちたい」 と思うようなった。
長崎大医学部に進学後は、 部活としてサッカーを続けることに加え、 旅と語学に力を入れた。 実習で出会う指導医10人中8人が 「時間がある学生のうちにやっておいた方がいいこと」 で口をそろえたことも背中を押した。
「格安航空券で海外を回ったり、 国内でヒッチハイクをしたり、 今では考えられないくらいアクティブに動き回りました。 マザーテレサの施設でのボランティアやオランダでのホームステイ、 アウシュビッツの訪問など、 医療以外の現場からも多くの視点をもらいました」

その中で強く感じたのは、 「異文化に触れることで、 教科書の知識が実感に変わる」 こと。
「今でこそ拠点を米国に置いていますが、 実は元々留学にそこまで強い興味はなかったんです。 世界各国から現地に来ている学生と議論したり、 ボランティア現場で自分が何者で、 何ができるのかを考えたりした経験は、 現在のキャリアを形作る大きな要素となりました」
初期研修先を選ぶ際は、 北海道から沖縄まで全国23の病院を見学した。
「実際に行ってみないと病院の雰囲気は分からない。 小さくてもすごい熱量がある病院もあれば、 有名でも自分には向いていない病院もありました」

最終的に選んだのは、 聖路加国際病院 (東京)。
「研修医の先生のいきいきとした表情と、 教育熱心な上級医の姿に心を決めました」
「人との出会いがすべてでした」
聖路加国際病院では2011年~2021年の10年間勤務し、 チーフレジデント、 感染症科フェロー、 Educational Chiefなどを経験。 刺激を受けられる同期や先輩、 後輩に恵まれたという。

そして、 進路に決定的な影響を与えたのがメンターたちの存在だ。 聖路加では制度としてメンター制度が確立されていることに加え、 様々な分野のメンターを持つことが推奨された。
「『倒れるときは前のめり』が口ぐせのメンターの先生がいて。 当時研修医の私にも、 『前のめってるか?』と毎回聞いてくれました」
チャレンジを後押しする言葉に突き動かされ、 やがて留学を決意することになる。

編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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