"HER2-low"とは何か?その概念を知る
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HOKUTO編集部

4日前

"HER2-low"とは何か?その概念を知る

近年、 "HER2低発現 (HER2-low) 乳癌"という新たなカテゴリが注目され、 乳癌の治療戦略が変化しています。 本連載ではHER2-low乳癌の概念や、 診断・治療戦略と課題について、 福井大学の今村善宣先生に解説いただきます。

HER2とは何か?

HER2 (Human Epidermal growth factor Receptor type 2) は細胞の増殖や分化に関わるタンパク質であり、 体内のほぼすべての正常組織の細胞膜に生理的に発現している。

乳癌においても、 癌細胞の細胞膜上にある程度のHER2発現が認められる。

従来のHER2分類と限界

従来、 乳癌のHER2ステータスは、 免疫組織化学 (IHC) 法やFISH法により 「陽性」 または 「陰性」 に二分されてきた。

HER2陽性例、 すなわち 「IHCスコアが3+、 または2+でもFISH陽性」 の場合は予後不良であることが知られていた。 しかし、 トラスツズマブなどの抗HER2薬の登場により、 その予後は劇的に改善した。

一方、 IHCスコアが1+、 または2+でもFISH陰性の場合は、 IHCスコア0と同様に 「HER2陰性」 として扱われ、 従来の抗HER2薬の明確な有効性は示されていなかった¹⁾²⁾。

“HER2-low”の定義が確立

2018年のASCO/CAPガイドラインの改訂およびその運用が進んだ2020年以降、 ”HER2-low”というカテゴリが明確に定義された⁴⁾。

HER2-lowは 「IHC 1+または IHC 2+かつISH陰性」 で、 全乳癌の約45~55%を占めるとされる。

T-DXdの登場とHER2-low

当初は、 HER2-lowとHER2 0 (IHC 0) の間で予後に大きな差はないと考えられていたが、 その考えを変えたのが、 トラスツズマブ デルクステカン (T-DXd) の登場である。

T-DXdは抗HER2抗体に強力な細胞傷害性ペイロードを結合させた抗体薬物複合体 (ADC) である。 HER2受容体に結合後、 腫瘍細胞内に取り込まれてペイロードを放出することで効果を発揮する。

T-DXdは高い薬剤抗体比とバイスタンダー効果*が特徴であり、 これがHER2-low乳癌に対する有効性の鍵と考えられる。

*標的細胞周囲のHER2低発現/非発現細胞にも影響を及ぼす

HER2-lowの臨床的意義を確立したDESTINY-Breast04試験

HER2-low進行・再発乳癌患者でT-DXdと医師選択治療を比較

2023年4月、 T-DXdが 「化学療法歴のあるHER2低発現の⼿術不能⼜は再発乳癌」 に適応追加された。 この承認は、 化学療法歴のあるHER2-low進行・再発乳癌患者を対象に、 T-DXdと医師選択治療 (TPC) を比較した第III相無作為化比較試験DESTINY-Breast04の結果に基づく⁵⁾。

T-DXd群はPFS、 OSとも有意に延長

T-DXd群はTPC群と比較して、 無増悪生存期間 (PFS)、 全生存期間 (OS) を有意に延長した。 ホルモン受容体陽性 (HR+) コホートと全患者コホートにおける、 PFS中央値 (mPFS) とOS中央値 (mOS) を以下に示す。

mPFS

mOS

(文献4を参考に編集部作成)

なお、 ホルモン受容体陰性コホート* (トリプルネガティブ乳癌の一部) でもT-DXd群でPFS、 OSともに良好な結果が示された。 また、 サブグループ解析でも、 多くの背景因子によらずT-DXdの一貫した有効性が確認された。

*トリプルネガティブ乳癌の一部

注意すべき有害事象はILD/肺臓炎

主な有害事象は悪心、 倦怠感、 脱毛、 骨髄抑制などであった。 特に注意すべきは間質性肺疾患 (ILD) /肺臓炎であり、 T-DXd群で12.1% (うちGrade 5が0.8%) に認められた。

なお、 「Grade 1のILD発症後、 適切な管理下でT-DXdを安全に再投与できた」 とする報告⁶⁾もあるが、 Grade2以上では永久中止が原則である。

DESTINY-Breast04試験において、 T-DXdはHER2-lowの進行・再発乳癌患者に対して前例のない有効性の改善を示し、 大きなインパクトを与えた。

T-DXdは、 その有効性から乳癌サブタイプを再構築するに至った画期的な薬剤である。 薬剤性肺臓炎など、 注意すべき有害事象も存在するが、 HER2-low乳癌患者では漏らさず適応を検討すべきである。 
次回は 「診断・治療の進展と今後の課題」 について解説する。 
<出典>
1) J Clin Oncol. 2020 Feb 10;38(5):444-453.
2) J Clin Oncol. 2011 Feb 1;29(4):398-405.
3) J Clin Oncol. 2018 Jul 10;36(20):2105-2122.
4) J Clin Oncol . 2023 Aug 1;41(22):3867-3872.
5) N Engl J Med. 2022 Jul 7;387(1):9-20.
6) J Clin Oncol. 2025 43(16):suppl 1015.

2024年4月に、 地元福井大学に異動しました。 臨床腫瘍学、 血液内科学、 腫瘍循環器学、 がんゲノム医療、 リアルワールド研究と多角的な活動をしています。 学生・初期研修医・後期研修医、 Uターンをご検討中の先生、 どなたでも大歓迎です。 ぜひお気軽にお問い合わせください。

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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