能澤一樹 (名古屋市立大学大学院医学研究科共同研究教育センター臨床研究戦略部)
3ヶ月前
本連載は薬物療法の専門家による、 乳腺領域に役立つ情報をお届けする企画です。 第4回は、「乳癌領域で承認済もしくは承認間近の新しい薬剤5選」をご紹介します。 (解説医師 :能澤一樹氏)
乳癌領域では毎年のように、 新規薬剤の承認や適応症の追加が行われています。 実は、 他癌種と比べても乳癌で使用できる薬剤は多く、 FDAでは過去30年間で最も承認された薬剤が多かったのが乳癌でした (次いで、 肺癌、 消化管癌でした)¹⁾。
そこで今回は、 承認済もしくは承認間近の新しい薬剤に注目して解説します。
本稿で取り上げる5薬剤
商 品 名:エンハーツ®点滴静注用100mg
薬効分類:抗HER2抗体薬物複合体
メーカー:第一三共株式会社
トラスツズマブ デルクステカン (T-DXd : エンハーツ®) は、 近年の乳癌薬物療法において凄まじい影響をもたらし、 もっとも治療ストラテジーを変えた薬剤です。 HER2を標的とした抗体薬物複合体 (Antibody-drug conjugate; ADC) であり、 「バイスタンダー効果」 という機序によって、 HER2の発現が少ない (HER2低発現) 癌細胞においても抗腫瘍効果を発揮します。
乳癌の薬物療法は従来4つのサブタイプ (ホルモン受容体の陽/陰性とHER2の陽/陰性) に基づいて方針が決まっていましたが、「HER2低発現」 という新たな概念が創られ、 HER低発現例への治療選択肢としてT-DXdが標準治療になりました。
T-DXdの効果は乳癌にとどまらず、 日本では非小細胞肺癌、 胃癌でも承認されています。 FDAではHER2陽性固形癌に対してT-DXdが承認されており、 日本でも近い将来はHER2陽性であればどの癌においてもT-DXdが使われる時代がくるかもしれません。
商 品 名:トルカプ®錠 160mg/200mg
薬効分類:ATK阻害剤
メーカー:アストラゼネカ株式会社
カピバセルチブ (トルカプ®️) は、 2024年3月27日に日本での承認を取得した、 もっとも新しい乳癌治療薬です。 AKT阻害薬という新しいタイプの薬剤で、 特定の遺伝子変異 (AKT1、 PTEN、 PIK3CA) を有する乳癌で適応があります。
実は、 海外ではPI3K阻害薬alpelisibが、 特定の遺伝子変異を有する乳癌において既に広く使われていましたが、 今回初めて日本でもそのような薬剤が登場しました。 これは個別化医療への大きな一歩と言えるでしょう。
商 品 名:フェスゴ®配合皮下注MA/IN
薬効分類:抗HER2抗体
メーカー:中外製薬株式会社
🔗薬剤情報 🔗関連するレジメン解説
ペルツズマブとトラスツズマブはいずれも静脈点滴で投与する抗HER2抗体であり、 標準治療として既に確立しています。 それらの薬剤をボルヒアルロニダーゼ アルファに溶かすことで、 皮下注製剤として、 ペルツズマブ・トラスツズマブ・ボルヒアルロニダーゼアルファ注射液 (フェスゴ配合皮下注®️) は登場しました。
皮下注製剤になって何が変わったのかというと、 受診の時間短縮につながっていることです。 トラスツズマブ、 ペルツズマブの静脈注射ではこれまで60-150分の時間をかけて点滴が実施されていました。 一方で、 皮下注製剤であるフェスゴ®の場合は5-8分と、 大幅な投与時間短縮を実現しました。
近年、 「時間毒性」 というワードが注目されています。 これは、 通院や入院において費やされる 「時間」 を病院で過ごすことにより生じる身体的・精神的負担を指します。 外来治療がスタンダードになっている癌診療ですが、 患者さん (あるいは医療者) にとって時間は貴重であり、 これからは時間毒性も意識した診療が求められつつあると感じています。 🔗薬剤情報
商 品 名:ジーラスタ皮下注3.6mgボディーポット
薬効分類:G-CSF製剤
メーカー:協和キリン株式会社
癌化学療法に伴う有害事象の中で、 Oncologic emergencyとして有名な発熱性好中球減少症 (FN) は、 すべての医療者が避けたい副作用の1つです。
ペグフィルグラスチムは、 持続型G-CSF製剤と呼ばれ、 好中球を増やすことでFNのリスクを軽減します。 ただし、 従来の皮下注型のペグフィルグラスチムは化学療法の実施日に投与することはできず、 翌日以降に行う必要があります。 つまり、 患者さんは抗癌薬治療のために来院した後、 翌日もう一度来院して、 皮下注射を打ってもらう必要があります。 これはまさに先程の 「時間毒性」 を増やす行為です。
そこで、 なんとか患者さんが外来に2回来院する手間を減らせないかということで開発されたのが、 ペグフィルグラスチム・ボディーポッド (ジーラスタ皮下注ボディーポッド®) です。
ボディーポッドとは、 タイマーを備えた体表貼付型の医薬品投与デバイスです。 デバイス起動から約27時間後、 自動的にペグフィルグラスチムが皮下投与される仕組みになっていますので、 化学療法を実施した日にボディーポッドを腹部に貼付することで、 患者さんは再び病院へ来る必要がなくなります。 🔗薬剤情報
商 品 名:Trodelvy® (2024年8月 本邦未販売)
薬効分類:抗Trop-2抗体薬物複合体
メーカー:ギリアド・サイエンシズ株式会社
サシツズマブ ゴビテカン (Trodelvy®) はTROP2の発現に関わらず、 HER2陰性の転移/再発乳癌において有効性を発揮します。 欧米では既にトリプルネガティブ乳癌およびホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌において承認を取得しています。
日本において、 特にトリプルネガティブ乳癌への薬剤はまだ十分とは言い難い状況であり、 サシツズマブ ゴビテカンは現在もっとも承認が待ち望まれている薬剤の1つです。 現在、 サシツズマブ ゴビテカンは国内承認申請中ですので、 近い将来に実臨床で使用可能となると推測します。
現在、 乳癌領域では抗体薬物複合体の開発が目覚ましく、 今回挙げたT-DXdやサシツズマブ ゴビテカンだけではなく、 他の薬剤も開発が進められています。 これらの薬剤の興味深い点は、 抗体を有する標的治療薬であるにもかかわらず、 その標的によらず効果を発揮することです。
カピバセルチブのような特定の集団に対する治療開発が進むのか、 あるいは、 広い集団に対して効果を発揮する抗体薬物複合体の開発が進むのか―。 乳癌治療はその分岐点に差し掛かっています。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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