ペイハラ対応の司法判断
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3日前

ペイハラ対応の司法判断

ペイハラ対応の司法判断
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 第19回のテーマは  「ペイハラ対応」。

医師に逆恨み、 クリニック放火

最近ようやく、 一般消費者向けの商品やサービスを扱う企業 (いわゆるB to C) でもカスタマーハラスメントcustomer harassment (カスハラ) が問題視されるようになってきた。

医療は、 医師や看護師などが患者という消費者 (消費者契約法では患者は消費者に位置付けられる) と直接対峙する典型的なサービス業であり、 カスハラは以前から深刻な問題だった。 医療現場でのカスハラはペイシェントハラスメント (ペイハラ) ともいう。

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医師に逆恨みして、 大阪キタ新地のクリニックに放火して26人の命を奪った殺人事件 (2021年12月に容疑者は死亡) をはじめに、 医師を標的とした加害事件は多い。

女性看護師についても、 一般企業でのカスハラが問題になる20年前から物理的攻撃・精神的加害・性的被害が問題視されていた。 2003年の日本看護協会の調査によると、 当時で3割以上の看護師らが身体的暴力や言葉の暴力を受けているとの結果であったという。

鈍い警察の動き

医療者に対しての暴力や暴言は、 暴行罪 (刑法208条) や脅迫罪 (刑法222条1項)、 強要罪 (223条) に該当することが多い。

一方、 これらの行為への医療機関としての対応は難しい。 特に診療行為をしなければ生命維持ができないような患者の場合、 診療の継続を選択していかざるを得ないと考える場合も多いだろう。

悪質なペイハラ行為があった場合は、 刑事告訴を行うことが推奨される。 ただ、 加害者からの報復や、 被害の再現によるフラッシュバックを恐れ、 告訴の当事者になることをためらう医療従事者は多い。

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医療機関が組織として刑事告訴をすることも可能だが、 その場合は威力業務妨害などの適用の事案などが想定される。 しかし、 その場合、 加害者に病院の業務を妨害する故意が必要なので、 警察の動きは一般的に鈍いといえよう。

ペイハラ患者の加害行為はエスカレートすることも多いので、 医療従事者らのメンタル面を考えても (これは医療機関の安全配慮義務の範疇に入る)、 ペイハラをする患者は早々に出禁にする必要がある。

令和元年通達以降、 診療拒絶通知 (入院患者であれば退院勧告) について、 私のところに相談にする医療機関は最近増えてきた。 「録音テープを証拠に追い出せないか。 出禁にできないか」 といった相談が多い。 医療機関が泣き寝入りしていた20年前とは隔世の感がある。

裁判所のずれた感覚

地裁の判断

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しかし、 裁判の世界では、 いまだに 「弱者」 である患者側が何をしてもよいと思っているようなトンデモ判決が存在する。

長崎県の社会医療法人が、 患者の家族の違法なペイハラによって看護師の退職が相次ぎ、 病棟閉鎖等をせざるを得なくなって損害を被ったことを理由に、 患者の家族側に損害賠償請求をした事案をみてみよう。

結論から言えば、 長崎地裁 (令和6年1月9日判決) は、 病院側からの請求を棄却した。

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深夜~未明にかけ、 人工呼吸器の酸素飽和度の設定に異議を唱えた患者が約40分間にわたり、 「ほかの病院だったらぶったたかれてるよ」 など看護師らを問い詰めた。 さらに既に帰宅した師長を呼び出せなどと指示したり、 病室内を動画撮影したりしたほか、 「エアマットの位置が悪い」 と難癖をつけ、 スタッフの頭を後ろから押さえつけた。

これらの行為について裁判所は 「違法なハラスメント行為」 と認定しているものの、 病棟閉鎖との因果関係はないと結論づけている。

病院側の見解

病院は判決について 「ハラスメント認定をしてくれた」 と評価しているよう*¹⁾である。 ただ、 家族の出禁を求めた点は排斥されており、 明らかに厚労省通知等に照らしておかしな判断である。

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「ハラスメント」 の認定自体は労働現場でのセクハラやパワハラも含めて法令でもカバーされる範囲が広くなっているが、 いずれも 「優越的な職場での地位」 が前提になっている。

ただ、 カスハラ (ペイハラ) は、 優越的な地位にあると勘違いしている客や患者が偉そうにしているケースがほとんど。 入院患者に優しくして、 つけあがられるのは、 医師や看護師の立場が弱いからではない。 「患者に寄り添う」 という姿勢に患者が増長しているだけの勘違いである。

執刀する外科手術の前に医師に悪態をつくなど、 本来は虫けらがライオンに文句を言っているようなもの。 医療機関の場合、 ペイハラの一部は、 優越的な地位など本来背景にしていない、 逸脱したわがままや甘えだという側面もないわけではない。

高裁の判断

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それだからか、 控訴審の福岡高裁 (令和6年7月判決) は、 何を勘違いしているのか、 頭を押さえつけた行為の一部だけをハラスメント認定。 「患者家族のハラスメントによって看護師らが疲弊したであろうことは容易に推認できる」 としながらも、 「患者及び親族が置かれている状況を考慮すると、 それらが違法性に該当する行為であると評価することは相当ではない」 と判断したのだ。

最高裁への上告受理申立ても却下され、 病院側は完全敗訴した形であるが、 病院がカスハラを理由に患者側を訴えるという英断に多くの賛同が集まっている

ペイハラ対応 まずするべきこと

この訴訟の場合、 退職に伴う病棟閉鎖を損害として挙げて戦ったが、 看護師の証人尋問ができなかったようで、 因果関係の立証はさすがに難しかったのであろう。

また、 本件ではペイハラ家族を出禁にしたところ、 面会防止を禁止する仮処分を患者家族側が申し立てている。 こちらは病院側が既に最高裁まで勝訴しているようで、 裁判所も救済の必要性を強く感じなかったのかもしれない。

ペイハラ対策としては、 患者への診療拒否が厚労省通知が2019~2020年に出されてから容易になった。 家族の立ち入り禁止も、 私有施設なのだから原則認められる。

悪質なペイハラ家族には、 出禁通知を早期に連発して、 医師や看護師を守ることが病院の責務だろう。 事後的に損害賠償を請求しても認められないと考えることが本件の教訓ともいえる。

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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