「外科医が“平たい医者”として在宅医療の開拓者になるまで」 社団いばらき会理事長・照沼秀也医師 後編
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インタビュー

29日前

「外科医が“平たい医者”として在宅医療の開拓者になるまで」 社団いばらき会理事長・照沼秀也医師 後編

 「外科医が“平たい医者”として在宅医療の開拓者になるまで」 社団いばらき会理事長・照沼秀也医師 後編
茨城県内4市町村で在宅医療を提供する社団いばらき会の照沼秀也理事長は、 元々消化器外科が専門だった。 インタビュー後編では、 外科医から在宅医へ転身した原点や転機を聞いた。 

>>前編はコチラ

原点

「平たい医者」 を目指して

医師を目指した原点には、 妹の存在があったという。

私の妹はダウン症で、 『20歳まで生きられない』と言われていました。 熱を出したときくすりを処方できるような“平たい医者”になれたら、 と思ったのが医師を志した理由です。 大学病院で活躍する華やかな医師ではなく、 患者さんの毎日を支える医師を目指していました

地元の茨城県から浜松医科大学に進学。 卒業後に入局したのは上部消化管外科、 下部消化管外科、 肝胆膵外科、 血管外科の4部門からなる第二外科だった。 なぜここに入局したのか。

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医学生時代に所属していたスキー部の顧問が、 第二外科の先生でした。 その先生から“外科に来ないなら顧問を辞める”と言われ、 第二外科に入局したんです。 立派な外科医になりたいとは全く思っていませんでした

当時は小児科か生化学を専攻することも考えていた。 医学部6年生のとき、 入局説明会で生化学教室の教授から遺伝子治療の話を聞き、 「将来的にダウン症の治療も可能では」 と考えたという。

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2025年に三重大学の研究グループが、 ダウン症iPS細胞にクリスパーキャス9を活用し、 原因染色体を除去する手法の論文を発表しました。 医療応用はまだできませんが、 研究がここまで進んだことに感動しました

転機

原点に立ち返り在宅医へ、 自治医科大で地域医療学を学ぶ

浜松医科大学の第二外科では大腸がんの治療や研究に取り組んだ。 その後、 医局の教授が退官するタイミングで大学病院を辞め、 故郷の茨城県に戻った。

身近で困っている人を助ける仕事をしよう、 と原点に立ち返り、 地元のひたちなか市で訪問診療を始めました

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しかし、 これまで経験を積んできたのは大腸がんの治療。 高度医療のスキルだけでは、 在宅医療を受ける患者に対応するのは難しいと痛感した。

臨床能力を磨くため総合診療を学んではと勧められて、 北海道大学医学部附属病院の前沢政次先生 (総合診療部前教授) の元へ行く。 そこで隣県・栃木にある自治医科大学の地域医療学講座を勧められた。

地域医療学講座の教授は、 自治医大第一期生の梶井英治先生。 カンファレンスにも毎月足を運び、 総合診療を改めて学びました

外科とは全く違う世界

総合診療には外科とは全く違う世界が広がっていた。

自治医科大で出会った先生方から総合診療のノウハウを教わりました。 勉強法や使っている参考書、 考え方も外科とは何もかもが異文化。 衝撃的でした

黎明期

「畑で診療する医師がいる」 と噂に

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在宅医療が推進され始めたのは1980年代半ば。 1992年に医療法の改正があり、 患者の居宅も医療の場として法的に整備された。

1996年、 照沼先生はひたちなか市に 「いばらき診療所」 を開設。 法改正などがあったとはいえ、 在宅医療は社会に浸透していなかった。

当時の医師は“病院で短時間話す人”というイメージ。 往診先の畑でご家族と話していると“畑で診療している医師がいる”と噂になったこともありました (笑)

開業当初は医師集めにも苦労

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開業当初は医師を集めるのにも苦労した。 医師は都市部に偏在しているため、 北関東は慢性的に医師が少ない。 その中で、 在宅医療に関心を持つ人を探すのは簡単ではなかった。

私たちの取り組みや仕事の魅力を積極的に発信することで、 徐々に若い先生が集まるようになりました

現在、 いばらき診療所は地域医療の研修医療機関、 自治医科大学の後期研修医療機関にもなっている。 地域医療を最前線で学ぶ場として、 研修医や地域枠の医師が訪れる。

魅力

病院とは違う最期の時間

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訪問診療の様子。 自宅で闘病する患者を日々支えている。 生活の場に出向き、 患者や家族と深い関わりを持てるのも在宅医療の魅力

患者本人と家族、 それを支える人たちの努力が実を結ぶような最期を経験できるのも、 在宅医療の醍醐味だ。 在宅で患者を看取るとき、 病院とは全く別の穏やかな時間が流れる。

病院での看取りでは必ず誰かが泣く姿を見ますが、 自宅では穏やかな看取りも多い。 亡くなるのは悲しいことですが、 闘病生活をやりきった充実感、 安堵感が皆を包みこんでしまいます

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看取りが近づくと、 親族や親しい人を集めて 「車座説明会」 を開く。 20人ほど参加者がいることもあるという。

「これまでの経過や闘病生活について説明する。 本人や家族の頑張り、 思い出話など話題は尽きません。 互いをねぎらいながら、 穏やかに患者の大往生を見届ける。 住み慣れた家が持つ力かもしれません

メッセージ

これからも 「平たい医者」 として、 患者にとっての“本当の良き医療”を実践したいと考えている。

在宅医療や救急、 さまざまな立場の医師がいますが、 誰かを助けたい思いは共通します。 患者さんにとっての良き医療を全ての医師が目標にすれば、 協力できると思っています。 皆さんもその一員として、 患者さんに親身になれる医師になってほしいです

プロフィール

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HOKUTO編集部
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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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