HOKUTO通信
1年前
名医が印象に残っている出来事を振り返り、 当時の心境や裏話を語り継ぐ企画 「名医の回顧録」。 今回は、 東北大学大学院臨床腫瘍学分野教授で日本臨床腫瘍学会理事長の石岡千加史先生に、 助教授時代に突然降りかかったある“災難” について聞いた。
「石岡君、 悪いけどやってくれるか」 ーー。 教授室に呼ばれ、そう告げられた。
「本来は非常に喜ばしいことのはずなんですけど、 あまりにイレギュラーで、 頭の中が真っ白になりました」
今から23年前の2000年。 ある学会の学術集会が仙台市で開かれ、 先代の教授がその大会長を務めた。 助教授は、 学術集会の運営を仕切る番頭となるため、責任も重い。
本来、 大会長は3年前、 最近では4〜5年前に決まることが多い。 日程や会場の予約などに綿密な事前調整を要するためだ。 何が 「イレギュラー」 だったのか。
「既に大会長に決定していた別の大学教授がやむを得ない事情により辞退することになり、 急遽、 私たちの教授が2年後の予定を繰り上げて大会長になることを引き受けたんです。まさに寝耳に水でした」
開催は、 あと1年余りに迫っていた。 まず大変だったのが会場の確保だ。
「当然のように会場は空いていませんでした。 目当ての会場を使用予定だった研究会の方に頼み込んで、 別の会場に移ってもらって、 何とか手配できました」
「前回開催の事務局からの申し送りがほぼない状況で動き出したのも大変でした。 正直、当時の私にノウハウがあったわけではなく、 周囲から『さすがにこの短期間で学術集会やるのは無理だよ』と言われながら、 とにかくがむしゃらに動いていました」
「そんな状況を見かねてか、学内外の他の教授がサポートしてくれたり、 翌年の大会を担当する大学が契約していたコンベンション運営会社の役員が協力してくれたりと、救いの手が差し伸べられました。 そのおかげもあって、何とか開催することができました」
学術集会の企画と運営の一部は、 学会本体の理事会で決める。 助教授は理事会に陪席し、 学術集会の準備状況や、 予算・決算といった収支状況などの詳細を報告する。
「当時は理事会に出席したこともない上、 教授には『いい経験になるから』と準備状況の説明をほぼ丸投げされました (笑) 。 あまりにしどろもどろだったのか、 理事会が終わった後に、 出席理事の大半が声をかけてくれました」
「雲の上のような存在の先生たちから、 労いの言葉だけでなく、 プログラムの構成や外国人医師の招聘のほか、 他学会との合同シンポジウムを開く際の交渉方法などの具体的なアドバイスをもらいました」
学術集会は何とか成功に終わり、 内外のゲストから教授が 「良い会だったよ」 などと言われているのを聞いて、 ほっと胸をなでおろした。
ただ、 準備に忙殺された代償として、 この時期は論文が全く書けなかった。
「助教授は皆、質の高い英語の論文をたくさん発表し、研究費を獲得することに躍起になっていました。 ある種の使命でもありますが、 学術集会の対応をしていた1年半は、 研究も論文執筆も丸っきりやれず、 もどかしい思いもありました」
「こういった経験を踏まえ、 私が現在理事長を務める学会を含め、 その後、 自ら学術集会長を引き受けた時は、 仕切り役の准教授にサポートの助教をつけたり役割を分担したりして、研究への影響をできる限り抑えるような工夫をしました」
メリットは、 学会でこれまで接点がなかった先生と密に関われたことだ。
「日本臨床腫瘍学会が正式に活動をスタートした2003年以前は、 日本の癌治療の領域では今よりも圧倒的に外科系が力を持っていました。 私は内科医ですが、 学術集会の運営を通じて、多くの外科系の先生とつながりが出来ました。 その人脈は今でも活きています」
今年9月に死去した前日本医学会会長の門田守人先生も、 その一人。 当時 「石岡君、 学術集会の開催を引き受けてくれただけで有り難い。 いつも通りできなくてもいいから、 思い切りやりなさい」 と声をかけられた。 その後も関係は続き、 門田先生と、 当時同学会の理事だった名古屋市立大学名誉教授の上田龍三先生の推薦で、 今年からがん研究会の理事 (非常勤) に就任した。
「自分に不本意なことが降りかかってきても、めげずに頑張っていると、 周りが認めて、 助けてくれます。 私は内科・外科・基礎医学の垣根を超えて顔が広くなりました」
今、 日本臨床腫瘍学会、 日本癌学会、日本癌治療学会の3学会には若手会員の減少という課題が降りかかっている。 そこで、 3学会は来年(2024年) 1月27、 28の両日、 「がん関連三学会Rising Starネットワーキング」 を開催する。
がん治療において基礎研究、 トランスレーショナル研究、 臨床研究のスムーズな橋渡しをするため、臨床チームと研究チームが連携して双方向的に課題を解決し、そのための基礎と臨床の垣根を超えた若手研究者同士の交流を生み出すことが狙いだ。
「3学会の理事長が話し合って発案しました。 若手にがん治療の魅力を広く伝え、 将来のがん治療の基盤となる研究にコミットできるようにはどうしたらいいか、 これからも知恵を絞っていきます」
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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