インタビュー
15日前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、さいたま市立病院腫瘍センター科長の関根克敏先生に話を聞いた。 (全3回の第2回)
大学院修了後、 再び臨床へ戻る。 内科専攻医として、 さいたま市立病院のローテーションに入ったが、 専門選択の迷いは依然として残っていた。

「卒後7年目でしたが、 まだモラトリアムの延長線上にいる気分でした。 日々の業務に忙殺されていましたが、 自分がどこを目指しているのか、 何をどう学べばいいのか手探りの日々でした」
そんな迷いの中で、 人生を大きく揺さぶる患者が現れる。 咳を主訴に外来を受診した患者から肺がんが見つかり、 指導医のもと、 診断や気管支鏡、 抗がん剤投与まで一貫して担当することになった。
「初めて抗がん剤が劇的に効いた瞬間を目の当たりにしました。 進行がんの患者さんと2年間一緒に過ごし、 がん治療のイメージがガラッと変わりました。 通院もやっとの状態だった患者さんがみるみる元気を取り戻し、 笑顔でご家族と通院された姿に心から感銘をうけました」

「一方で皮膚障害などの薬特有の副作用に悩まされることもあり、 マネジメントには多職種が一丸となる必要性も痛感しました。 やがて薬の効果が無くなり、 骨転移による疼痛も出現し、 『もっと早く見つけてあげられれば』とも思いましたが、 患者さんは懸命に通院してくれました。 担当医の自分がむしろ励まされたのです」
ちょうど肺がんに対する分子標的薬が臨床で使われるようになったころで、 学生時代に学んだ分子生物学が治療選択と直結していることを実感できた。
「振り返りの積み重ねで“こうすればよかった”と次の改善につながる。 その繰り返しで迷いが少しずつ晴れました」
診断から治療、 緩和ケアまで一人の患者を長く支える――。 腫瘍内科のスタイルは、 自分らしさを生かせる、 しっくりくるものだった。

「自分の強みや興味をすべて生かせる。 迷いがクリアになり、 “これだ”と確信できました」
進む科は決まったものの、 新たな悩みが生まれた。
「知識や経験が散らかっていて、 体系的にまとまっていませんでした。 臨床医としての土台が作れていない不安がありました。 また、 身近に腫瘍内科としての指導をしてくれる人があまりいなかったのも悩みでした」
複数の病院を見学したが、 これといった決め手は見つからなかった。

ある日、 当時の病院長とバスで偶然出会い、 迷いを相談できたことがきっかけとなる。 病院長の後押しもあり、 卒後10年目に国立がん研究センター中央病院で任意研修を受けられることになった。
「任意研修生にも診療の機会が与えられる。 臨床と知識の両方を一気に学べる環境でした」

緩和ケア、 病理を含む複数科をローテーションし、 学会発表や論文執筆にも挑戦。 尊敬できる医師たちとの出会いがロールモデル不在の悩みを解消してくれた。
薬物療法専門医も取得し、 腫瘍内科医としての基盤を築けた2年間となった。

編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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