インタビュー
23時間前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、 埼玉石心会病院 副院長 / 心臓血管外科部長の木山宏先生 (獨協医科大卒) に話を聞いた。 (全3回の第1回)
医師を意識したのは幼稚園の頃。 兄とプロレスごっこをしていた時に肘が抜けた。
「肘内障で痛くて痛くて…もう死ぬんじゃないかと思いました」
病院に行くと、 医師が一瞬で治してくれた。
「その姿がかっこよくて、 その先生への憧れから、 いつか自分もあんなふうになりたいと思ったんです」

医師である父の姿も大きかった。 小学3年生の時に自宅に開業した父は、 夜間も入院患者や救急に対応していた。
「患者さんの家族がお礼を言う姿をよく見ました。 『医者ってこんなに感謝される仕事なんだ』と子ども心ながら父への尊敬の思いが芽生えました」

進学した獨協医科大学では、 小学校から続けたサッカーに熱中。 全日本医科学生体育大会 (全医体) にも2回出場した。
その傍らで思い描いていたのは、 父のような医師像だった。
「患者さんに接して、 喜んでもらえる医師になりたいと思っていました」
外科医になって手術をしたい気持ちは強い。 ただ、 当時は整形外科、 心臓血管外科、 脳神経外科の間で最後まで迷っていたという。

心臓血管外科に決めたのは5年生の臨床実習の時だった。
「初めて見た心臓手術に衝撃を受けました。 普通は切ってはいけない場所を大胆に切って、 最後は出血がピタッと止まっている。 ダイナミックでした!」
その瞬間、 心臓血管外科に進む気持ちが大きく動いた。
決め手はもう一つ。
「教授につかまってしまったんです (笑)。 卒業式の謝恩会後の飲み会で酔った教授をなぜか家に泊めることになって…」

教授は父と知り合いだった縁もあり、 その夜はずっと 「心臓外科に来いよ」 と言われたという。
「それが最終決断になりました」
初期研修は、 その教授の医局で受けることに決めた。

獨協医大越谷病院 (現・埼玉医療センター) の心臓血管外科で初期研修に励んだ。
「自分の成長を実感できて、 毎日が新鮮で楽しかったです」
何より励みになったのは、 患者の変化だった。
「苦しそうだった患者さんが元気に歩いて帰っていかれる姿は、 何より励みになりました」
心臓血管外科の専門医を目指すうえで、 消化器外科での経験が必要だった。 研修中の1年間は実家の病院で働くことになった。

「尊敬していた父と同じ現場に立ちました。 家でも病院でも一緒でした」
父は約100床を抱える病院の院長として多忙な日々を送っていた。 その背中を見ながら、 盲腸、 ヘルニア、 脱腸、 胃がん手術など、 消化器外科領域の症例を数多く任された。
積み重ねた経験は、 医師としての自信と基盤になっていった。


編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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