寄稿ライター
2ヶ月前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 14回目のテーマは、 元SMAPの中居正広氏を巡る騒動でも話題となった 「示談」 の効力について。
中居氏は、 性的被害を与えたとされる女性に巨額の金銭 (慰謝料・口止め料?) を払い、 秘密保持条項つきの示談を交わしているという報道がされた。 フジテレビが自社の女性を 「上納」 していたのではないかなどで大騒ぎになった。
医療現場を考えてみると、 「口外禁止条項」 や 「秘密保持条項」 は医療事件の示談書や和解調書でもしばしば入れる。 裁判での和解でも裁判官が 「入れておきましょうか?」 と持ち掛けることも稀ではない。
医療機関にとって、 「医療訴訟を起こされて和解 (示談) で解決した」 「そもそも裁判を起こされないように金で解決した」 などと世間に広められるのはreputation riskの問題も生じかねない。
一方、 患者側にとっても、 多額の和解金を受け取ったことが周囲に知られると、 やれ 「寄付をしろ」 とか 「援助しろ」 とか言われる可能性があるし、 「あんないい病院を金でゆするなんてとんでもない」 などの批判をされかねない。
では示談などでの秘密保持条項を破ったらどうなるのであろうか。
東京地方裁判所判決 (令和5年12月13日) を紹介しよう。
経緯
結果
和解条項
ところが、 元社員の訴訟代理人を務めた弁護士が、 ウェブ上で 「労働者を搾取している」 「違法な囲い込み」 などとする非難記事を和解後も掲載したままにし、 会社側が 「誹謗中傷に当たる」 として再び訴えたのだ。
詳細は割愛するが、 裁判所は 「本件和解の当事者は原告会社と元社員であり、 誹謗中傷禁止条項に基づく義務が弁護士に直ちに及ぶものとは理解することができない」 と会社側の訴えをあっさりと退けている。
その上で、 「和解条項中でよく設けられる誹謗中傷禁止条項は、 当事者双方が約束し、 将来の紛争発生を予防することを目的としたもの。 特段の事情のない限り、 その名義人は、 紛争当事者双方に限ると考えるのが自然である」 としている。
要するに 「口止め料を支払った相手の弁護士が事件のことを語るのは、 当事者間の和解条項では成約されない」 という裁判例であり、 「和解はあくまで当事者限り」 ということが強調されている。
別の訴訟も紹介しよう。
建築工事を巡る訴訟の和解において 「口外禁止条項」 が置かれた事案 (東京地方裁判所判決令和5年3月14日) では、 「あらゆる場合において口外が許されないと解するのは相当ではない。 正当な理由があると認められる場合においては、 和解の内容を口外したとしても、 違法性が否定されると解するのが相当である」 という原則を示している。
この事件では、 「口外禁止の利益は双方のためである」 と裁判所は述べている。 性被害事件の示談書などは、 その側面が強いであろう。 被害者側も世間に知られて良いことはないからである。
以上の裁判例のように、 示談などでの口外禁止条項は、 決して有効とはいえないようである。 私は自治体立の病院の事件を多く担当することもあり、 訴訟上、訴訟外を問わず口外禁止条項はあまり入れない。 議会に報告義務があるからである。
なお、 和解契約も契約なので、 契約違反 (債務不履行) があれば解除できる。 口外禁止が、 和解のメイン規定である場合は解除も可能だろう。
その場合は、 受け取った金銭はいったん返還し、 時効にかかっていなければ、 改めて賠償請求することになろう。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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