HOKUTO編集部
3ヶ月前
『遺伝性乳癌卵巣癌 (HBOC*) 診療ガイドライン 2024年版』が2024年7月に発刊されました。 本稿では、 東京慈恵会医科大学葛飾医療センター泌尿器科診療医長の田代康次郎先生に同ガイドラインの前立腺癌領域における改訂ポイントを解説いただきます。
HBOC症候群 (Hereditary Breast and 0varian Cancer syndrome) では、 BRCA1/2の病的バリアントを有することにより乳癌、 卵巣癌のみならず、 前立腺癌、 膵癌、 皮膚癌への罹患リスクが高くなる。 そのため、 BRCA1/2病的バリアントが治療効果の予測因子となり、 従来の治療から遺伝学的背景に基づく個別化医療の背景が行われるようになってきた。
HBOC症候群は当事者のみならず、 その血縁者にも影響を及ぼすものであり、 検査を行う時点から血縁者への影響にも配慮する必要があり、 遺伝カウンセリング体制も含めたチームでの診療体制が重要となる。
前版 (2021年版) から3年ぶりに改訂された本ガイドラインでは、 改訂の目的として、 「病的バリアント保持者と医療者が多様な価値観を反映したうえで、 協働意思決定をするプロセスが重視されていることから、 この意思決定を支援する文書を作成する」 ことが挙げられている。
本稿では特に、 2024年改訂における前立腺癌領域の変更について解説する。 前立腺癌の領域についても以下の3つのQuestionが設定された。
本改訂において大きな変更はないが、 前版FQからBQへの変更となり既知の情報の扱いになった。 また、 「すべての前立腺癌患者にBRCAもしくはそれを含めたDNA修復遺伝子の遺伝学的検査を提案する」と述べている。
日本人の病的バリアント保持は欧米と同様
欧米での研究結果では転移性前立腺癌の15%にBRCA1/2を含めたDNA修復遺伝子の生殖細胞系列バリアントの関与があるとされ、 本邦の去勢抵抗性前立腺癌において生殖細胞系列もしくは体細胞系列でのBRCA1/2の病的バリアントがそれぞれ0.7%、 12.6%が検出され、 欧米と同様の傾向がみられる¹⁾²⁾。
適応外にも病的バリアント保持者がいる可能性
前立腺癌におけるBRCA2の生殖細胞系列バリアントは悪性度や予後と強い相関を示す³⁾⁻⁶⁾。 本邦におけるBRCA検査の適応は、 転移性去勢抵抗性前立腺癌患者に限られている⁷⁾。 しかしながら、 この適応外にも多くの潜在的なBRCA病的バリアント保持者がいると予想される。 本邦におけるmCRPC以外での前立腺癌に対するDNA修復遺伝子検査について、 リスク分類や適応基準の確立が求められる。
前版のエビデンスの確実性 「強」 から、 今版では 「弱」 へと変更されている。 これはガイドライン作成にあたりMinds基準に従ったことによると考える。
病的バリアント保持者は若年発症・高悪性度
BRCA病的バリアントの保持者に対する前立腺特異抗原 (PSA) スクリーニングの必要性を問うている。 BRCA2の病的バリアント保持者における前立腺癌は若年発症かつ高悪性度の傾向があるため、 早期発見のためのサーベイランス法の確立が急務とされる⁸⁾⁹⁾。
IMPACT studyでは40歳からのPSAサーベイランスを条件付きで推奨すると結論
BRCA1/2病的バリアントを保持する男性のPSAスクリーニングの意義を評価する目的で行われているIMPACT studyでは、 BRCA1/2病的バリアントの有無で4群に分けられた40~69歳の男性が対象となっており、 2019年に中間報告がなされている¹⁰⁾。
この試験では、 40歳でのPSAサーベイランス開始とPSA 3.0ng/mLを超えた時点での前立腺針生検実施を組み合わせることにより、 早期前立腺癌の検出率が上昇することが報告されたが、 生命予後 (前立腺癌特異的生存率) の改善については結果が出ておらず、 検討が不十分であると評価され40歳からのPSAサーベイランスを行うことを条件付きで推奨すると結論づけられている。 本試験が2030年まで行われた後の最終報告の結果が待たれる。
NCCNではBRCA1/2・BRCA2、 EAUではBRCA2を対象にPSAスクリーニング推奨
なお全米総合癌センターネットワーク (NCCN) ガイドラインではBRCA1/2の病的バリアント保持者において40歳でのPSAスクリーニングを推奨している。 BRCA1の病的バリアント保持者については 「考慮」 とし、 BRCA2の病的バリアント保持者については 「推奨」 としている¹¹⁾。 欧州泌尿器科学会 (EAU) ガイドラインではBRCA2の病的バリアント保持者のみに推奨している¹²⁾。
前版においてはFQ2であり、 依然としてエビデンスが揃っていない領域でもある。 各ステージでの治療については十分な検討がなされていない。
病的バリアント保持者には積極的介入が必要
まず、 BRCA病的バリアント保持者は一般男性に比して前立腺癌を発症するリスクが高く、 特にBRCA2病的バリアント保持者は高リスク前立腺癌が多い¹³⁾⁻¹⁵⁾。
監視療法においてはBRCA病的バリアント保持者から発症した前立腺癌は、 非保持者の前立腺癌と比較して有意に病理学的悪性度が上昇する進行を認めたことからBRCA1/2の病的バリアント保持者には早期前立腺癌が検出された場合でも監視療法より積極的な治療介入の必要性が示唆される¹⁶⁾。 一方で限局性前立腺癌に対する根治的治療として手術療法もしくは放射線治療の優劣について評価した前向き試験はない。
治療有効性は報告もさらなるエビデンスが必要
以前の記事 (第1回、 第2回) でも解説したが、 mCRPC患者においてはオラパリブ単剤の有効性を示したPROfound¹⁷⁾、 オラパリブとアビラテロン併用のPROpel¹⁸⁾、 タラゾパリブとエンザルタミド併用のTALAPRO-2¹⁹⁾がそれぞれ有効性を示してきた。 しかしながら、 遺伝子変異の違いにおける有効性や、 至適な導入タイミング、 併用薬の組み合わせについては今後の検討が待たれる。
以上、 2024年版の前立腺癌領域における改訂ポイントを解説した。 前立腺癌領域において、 HBOCへの理解を深めていく必要性を認識し、 当事者および血縁者に対する遺伝背景に配慮した診療が泌尿器科医としての標準診療へと浸透していくことを期待する。
転移性去勢抵抗性前立腺癌に対するARSIとPARP阻害薬の併用療法
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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