HOKUTO編集部
6日前

2026年の米国臨床腫瘍学会 (ASCO 2026) が5月から6月にかけてシカゴで開催されました。 今回のASCOにおける肝胆膵領域のトピックスは、 やはりdaraxonrasibが膵癌を対象としたKRAS阻害薬として初めて第Ⅲ相試験において有用性を示したことに尽きるでしょう。
今回は特別にこの演題にフォーカスして、 開発の背景や作用機序も含めて解説してみたいと思います。

膵癌は最も予後不良な悪性腫瘍の一つですが、 その理由の一つとして、 腫瘍の増殖を駆動する鍵となる遺伝子 (ドライバー遺伝子) に対する有効な治療薬がなかなか登場しなかったことが挙げられます。
KRAS遺伝子は古くから知られるがん遺伝子の一つであり、 この遺伝子がコードするタンパクは、 正常な細胞ではRASタンパクとして、 スイッチのようにON状態 (GTP結合) とOFF状態 (GDP結合) を切り替えながら、 細胞の増殖を適切に制御しています。
ところが、 KRAS遺伝子に変異が生じると、 このスイッチが入りっぱなしの状態になり、 下流のシグナルを通じて腫瘍細胞の増殖が促進され続けます。
このKRAS遺伝子変異は、 がん遺伝子の中でも最も頻度の多いものの一つで、 膵癌の90%以上に認められることが知られています。
このようにKRASは膵癌をはじめ、 さまざまな癌種の治療標的として長年注目されてきました。 たとえば米国では 「RAS Initiative」 と呼ばれる国家規模の研究プロジェクトに膨大な予算と長い歳月が費やされてきましたが、 それにもかかわらず、 治療薬の開発はなかなか進みませんでした。
その最大の理由は、 KRAS変異タンパクの表面が小さく滑らかであるため、 薬の分子が結合できるくぼみ (ポケット) が少ないことにあります。
しかし近年、 創薬技術の進歩によって、 このKRASに対する治療開発が進んできました。
KRASタンパクにはさまざまなサブタイプがあるのですが、 まず登場したのがKRAS G12C阻害薬です。 KRAS G12Cタンパクには、 表面上に化合物が共有結合できる小さなポケットがあり、 ここに結合できる薬剤 (ソトラシブなど) が登場し、 既に非小細胞肺癌では承認が得られています。
さて、 今回のテーマのdaraxonrasibですが、 単体でKRASを阻害する訳ではなく、 細胞内に存在するタンパクであるシクロフィリンAと複合体を形成し、 複合体に新たに形成された結合部分が、 GTP結合型 (ON) のRASタンパクに結合し、 RASタンパクとBRAFなどの下流シグナルのタンパクとの相互作用を阻害します。
そして、 このdaraxonrasibとシクロフィリンAとの複合体は、 KRAS G12DやG12V、 G12CなどのKRAS変異タンパクだけではなく、 野生型KRAS、 HRAS、 NRASにも結合し、 その働きを阻害することから 「pan-RAS阻害薬」 と呼ばれています。
前置きが長くなりましたが、 今回のASCO 2026で報告されたのが、 転移性膵癌における2次治療において、 daraxonrasibと標準治療 (ゲムシタビン+ナブパクリタキセル、 mFOLFIRINOX療法、 nal-IRI+5-FU/LV、 FOLFOX療法) を比較する第Ⅲ相試験の結果です。
主要評価項目はRAS G12変異*を有する膵癌患者における全生存期間 (OS) と無増悪生存期間 (PFS) で、 副次評価項目にはその他のRASステータス (RAS G13変異・Q61変異、 そしてRAS野生型) を含む全体集団におけるOS・PFSなどでした。
RAS G12変異を有する膵癌患者におけるOSとPFSの中央値は以下のとおりで、 ある意味圧倒的とも呼べる結果でした。
daraxonrasib群 : 13.2ヵ月
標準治療群 : 6.6ヵ月
ハザード比0.40、 95%信頼区間0.30–0.54
daraxonrasib群 : 7.3ヵ月
標準治療群 : 3.5ヵ月
ハザード比0.45、 95%信頼区間0.34–0.59
また、 daraxonrasibは前述のように野生型KRAS・HRAS・NRASにも効果が期待できるのですが、 これらのRASステータスも含めた全体集団におけるOSとPFSの中央値は以下のとおりであり、 本剤の効果はKRAS遺伝子変異の種類を問わず一貫したものであったことが示されました。
daraxonrasib群 : 13.2ヵ月
標準治療群 : 6.7ヵ月
ハザード比0.40、 95%信頼区間0.30–0.53
daraxonrasib群 : 7.2ヵ月
標準治療群 : 3.6ヵ月
ハザード比0.49、 95%信頼区間0.38–0.64
頻度の高いdaraxonrasibの治療関連有害事象 (全Grade) として、 皮疹 (85%)、 下痢 (58%)、 粘膜炎 (53%)、 悪心 (46%)、 嘔吐 (37%) が報告されています。
RASolute 302試験の詳細はこちら
既に1次治療におけるdaraxonrasibの有用性を検証するための第Ⅲ相試験 (RASolute 303試験) や、 術後補助化学療法における有用性を検証するための第Ⅲ相試験 (RASolute 304試験) も開始されています。
本試験の結果が示された瞬間、 大きなASCO会場が拍手喝采の嵐に包まれたことからも分かるように、 長く待望されていたKRASへの治療薬の登場は今後の膵癌診療を変えるゲームチェンジャーと言えるでしょう。
ASCOでの発表と同時に、 本試験の詳細はN Engl J Med.でも公表されていますので、 興味のある方はぜひ一度、 目を通してみてください。
N Engl J Med. 2026年5月31日オンライン版
RAS変異膵癌にdaraxonrasib、2次治療で奏効率35%
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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