Beyond the Evidence
11ヶ月前
「Beyond the Evidence」では、 消化器専門医として判断に迷うことの多い臨床課題を深掘りし、 さまざまなエビデンスや経験を基に、 より最適な解決策を探求することを目指す企画です。 気鋭の専門家による充実した解説となっておりますので、 是非参考としてください。
HER2陽性胃癌の3次治療での最適な治療選択肢は、 T-DXdか?ニボルマブか?
切除不能進行再発胃癌で、 HER2陽性の場合には、 3次治療の治療選択肢としてトラスツズマブ デルクステカン (T-DXd) とニボルマブ、 トリフルリジン・チピラシル (FTD/TPI) とイリノテカンの選択肢があげられる¹⁾⁻⁷⁾。 それぞれを直接比較した無作為化比較試験はないため、 最適な治療選択を考える上では重要なCQである。
特に、 無作為化第Ⅱ相試験ながら、 3次治療以降で奏効割合>50%と報告されたT-DXd、 奏効例は少ないものの持続的奏効が期待できるニボルマブの使い分けについては日常診療で悩ましい問題であろう。 日常診療においては、 4次治療に到達できる患者さんの割合はかなり限られており、 どちらかが最終治療になる可能性が高い⁸⁾。
そこで、 本項ではHER2陽性胃癌のエビデンスを最新の知見も交えて概説し、 本CQに関する筆者の考えを述べたい。
T-DXdの無作為化第Ⅱ相試験 (DESTINY-Gastric01) に関する日本胃癌学会ガイドライン委員会のコメントによると、 直接比較のエビデンスはないが、 T-DXdが優先的に推奨されるレジメンであると記載されている。
根拠としては、 第Ⅱ相ではあるが主治医選択の化学療法と比較して、 生存延長を示した唯一の薬剤であることが挙げられている。 間接比較となり解釈に注意を要するものの、 ニボルマブのATTRACTION-2、 FTD/TPIのTAGS試験よりも良好な奏効割合、 無増悪生存期間 (PFS)、 病勢制御割合を示したことなども根拠となっている。
一方で、 ニボルマブのATTRACTION-2はHER2の発現は問わないばかりではなく、 4次治療以降が8割、 5次治療以降も4割と、 より後方ラインの患者さんを対象にbest supportive care (BSC) をコントロール群として行われた試験である²⁾。
3次治療の免疫チェックポイント阻害剤のエビデンスとしては、 PD-L1を標的としたアベルマブ単独療法と主治医選択の化学療法 (1.3%がBSC) との無作為化比較第ⅡI相 (JAVELIN Gastric 300) 試験が行われたが、 主要評価項目の全生存期間 (OS) でアベルマブの有意差は示されなかった⁹⁾。
3次治療では、 腫瘍関連症状を伴っている患者さんも少なくなく、 腫瘍縮小を期待できるT-DXdは魅力的な選択肢である。 HER2というバイオマーカーで選択できる標的治療である点も他剤と一線を画する理由であり、 投与機会を逃せないという思いから日常選択でもガイドラインのコメントは受け入れやすいだろう。 実際に、 T-DXdを行ってからニボルマブを行うというのが最も受け入れられているシークエンスであろうと思うし、 筆者も日常診療では実践している。
本CQに関しては、 直接的なエビデンスはないもののエビデンスを総合的に評価すると、 T-DXdの先行投与が日常診療で受け入れやすいというのが回答となる。
今一度、 改めてデータを解析して再考してみると、 前述のJAVELIN Gastric300試験では、 化学療法 (パクリタキセルまたはイリノテカン) より毒性が低いことから後方治療で忍容性の高い治療選択肢となる可能性が指摘されているが、 やはり腫瘍をコントロールすることを第一に考えなくてはならない⁹⁾。
ATTRACTION-2では、 トラスツズマブ治療歴のある (みなしHER2陽性) でもニボルマブのPFS、 OSにおける優位性が示されている。 PFS、 OSのプラセボ群とニボルマブ群のHRだけみると、 トラスツズマブ使用歴のある方が良好とみえるが、 特にOSに関しては他の因子が影響しうるためこの検討からトラスツズマブ (HER2) の有無 (陽性と陰性) による効果の差を論じることはできないが、 HER2陽性胃癌の後方治療でもニボルマブが有用な選択肢であることを示唆していることに異論は少ないだろう¹⁰⁾。
これらは、 「T-DXd⇒ニボルマブ」のシークエンスをさらに支持する側のデータであろう。
一方で、 4次治療の対象が日常診療でかなり少ないことから、 投与の機会がどちらか1つになる可能性を懸念する場合には、 より決断は難しい。
後方ラインでのニボルマブは、 ATTRACTION-2試験の3年フォローアップから、 4次治療以降が8割にも関わらず、 奏効例 (32例) ではOS中央値26.7ヵ月、 3年OSが35.5%と驚異的な結果が報告されている¹¹⁾。 奏効する可能性のある患者さんにおいては機を逸したくないという思いが強まるデータである。
やはり、 バイオマーカーによる選択が望まれるが、 ATTRACTION-2や日常診療の大規模な解析でもHER2陽性に特化した解析となると難しい¹⁰⁾¹²⁾。 PS低下症例や症状を伴う播種症例などは、 ニボルマブの効果も乏しいことが示唆されているが、 同様にT-DXdの適応でないことも多く使い分けの判断には寄与し難い。
このような背景を鑑みて、 日常診療のデータを並べて、 それぞれの治療の特徴を検討してみたところ、 日常診療では、 ニボルマブ、 T-DXdの各々、 既報とほぼ同様のPFSだった¹³⁾。
Grade3以上の有害事象はT-DXdで高く (50% vs 2%)、 T-DXd増悪後にニボルマブに移行できた割合は53%で、 一般的な4次治療以降の移行割合から考えるとかなり高率であった。 しかしながら、 OSではT-DXd投与例 (20例) で中央値が10.8ヵ月 (95%CI 6.9-23.8) であったが、 ニボルマブ群では11.7ヵ月 (95%CI 7.6-17.1) であった。
長期例はニボルマブを後治療で行えている症例が多いが、 個々の症例の治療期間をみるとT-DXdが後治療を延ばしていると簡単に片づけられない結果であった。 個人的には、 ニボルマブ先行例の結果は、 思った以上に健闘しているという印象をもった。
国際的な動きをみるとKEYNOTE-811試験の3回目中間解析の結果が報告され、 欧州でも米国同様にHER2陽性 (CPS>1) でも初回治療からトラスツズマブと化学療法の併用が認められた¹⁴⁾。 T-DXdのフロントラインでの検討 (NCT04379596) も進んでいるが化学療法との併用による毒性が問題で、 減量が必要となっている。
本CQは、 本邦の日常診療では少なくとも「beyond the evidence」としてもう少し議論が続くだろう。 日常診療では、 基本的にはガイドラインのスタンスを踏襲しつつ、 後方ラインでのニボルマブの力やT-DXdの有害事象におけるリスクの高さを十分に考慮して、 盲目的ではなく、 症例毎に最適なシークエンスを検討するのが現在のベストプラクティスであると考える。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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