「その時できるすべてを注ぎ続けて」 済生会茨木病院・金村医師 (part1)
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インタビュー

11日前

「その時できるすべてを注ぎ続けて」 済生会茨木病院・金村医師 (part1)

 「その時できるすべてを注ぎ続けて」  済生会茨木病院・金村医師 (part1)
誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、 大阪府済生会茨木病院 内科系診療部長 兼 ICU部長の金村仁先生 (兵庫医科大卒) に話を聞いた。  (全3回の第1回) 

原点

父の診療所で芽生えた 「医師になる感覚」

医師を志した原点には、 消化器外科医である父の存在があった。 小学校4年生の時、 父が実家の隣にクリニックを開業。 そこに立つ白衣姿の父が、 最も古い医療の記憶となる。

「阪神タイガースが日本一になった年なのでよく覚えています。 父が白衣を着ている姿を初めて見ました。 漠然と、 『お医者さんってこんな感じなんだな』と思いました」

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幼少期の金村先生。 「何を食べているかは分かりません」 (5歳ごろ)

当時は地元でもクリニックがまだ少なく、 周囲からは 「病院の息子」 と見られることも多かった。 そうした環境の中で、 自然と医学部を目指すようになっていった。

幼い頃は医師に対して 「怖い」 という印象もあった。 それでも、 患者から信頼される父の姿を間近で見るうちに、 その見え方は少しずつ変わっていった。

「父が『先生、 先生』と呼ばれているのを見て、 かっこいいなと思うようになりました」

学生時代

解放感の中で過ごした6年間

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大学時代の金村先生 (1999~2000年頃) ※画面手前中央

兵庫医科大学に進学して最初に感じたのは、 解放感だった。 受験期は周囲の期待も大きく、 医学部に入ること自体が一つの大きな節目だった。

「入学した時は、 『医者になるのはまだ先だな』という感じでした」

勉強だけに縛られず学生生活そのものを楽しんだ。 友人とキャンプや旅行に出かけ、 アルバイトも経験した。

「受験時代はプレッシャーも大きかったので、 医学部に入ってからは自由に過ごしたい気持ちが強かったです」

一方、 医学部に入ったことを強く実感した出来事もあった。 2年生の解剖実習。 初めて遺体を前にメスを持って向き合った経験は、 今も印象に残っている。

迷いなく思い描いた 「消化器外科医」

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写真はイメージです

研修医になるまで、 進路への迷いはなかった。 目指したのは消化器外科。

「三谷幸喜さん脚本の医療ドラマ『振り返れば奴がいる』で、 織田裕二さんが演じる外科医がとにかくかっこよくて。 『自分は絶対に消化器外科医になる』と思っていました」

その思いは、 医学部時代を通して揺らがなかった。 臨床実習で手術室に入った時も、 最も心が動いたのは外科だった。

「5年生で大学病院を回った時も、 手術見学が一番ワクワクしました。 6年間ずっと、 外科医になるつもりでいました」

迷い

研修医になって初めて揺れた進路

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研修医時代、 研修医ルームにて (2006年頃) ※左から2番目

転機は初期研修医時代に訪れた。 大阪府済生会中津病院で研修を始め、 さまざまな診療科を回る中で、 進路に迷いが生まれた。

「スーパーローテーション制度が始まる前だったら、 そのまま外科に進んでいたと思います。 でも、 2年間いろいろな科を回る時間ができたことで、 考えたり迷ったりする時間もできました」

消化器外科を回った際には、 当時の手術室の厳しい空気に気後れしたという。 外科医への憧れはありながらも、 「自分に務まるのか」 という不安が生まれた。

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写真はイメージです

一方、 将来的に実家のクリニックを継ぐことも意識していた。 そう考えた時、 同じ消化器領域でも消化器内科という選択肢が現実味を帯びてきた。

「中津病院では外科と内科の両方から声がかかりました。 その頃は、 自分の中で少し宙に浮いたような、 ふわっとした時期でした」

(>>続く)

プロフィール

 「その時できるすべてを注ぎ続けて」  済生会茨木病院・金村医師 (part1)
兵庫県出身、 2004年兵庫医科大卒。 済生会中津病院での初期研修、 後期研修などを経て、 2008年から大阪府済生会茨木病院。
日本内科学会総合内科専門医、 日本医師会認定産業医、 日本消化器病学会消化器病専門医、 日本消化器内視鏡学会消化器内視鏡専門医など多数。

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HOKUTO編集部
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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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