本企画は､ 4人の腫瘍内科医による共同企画です｡ がん診療専門医でない方でも､ ちょっとしたヒントが得られるようなエッセンスをお届けします｡ 第7回は､ 虎の門病院臨床腫瘍科部長/遺伝診療センター センター長代理の三浦裕司先生からです！ぜひご一読ください｡ 

症例

• 65歳男性

会社員で､ 今年定年を迎えるところ｡ 人間ドックで肺異常陰影を指摘され､ 精密検査を受けたところ上記の診断となった｡ その他に大きな既往歴･併存症などはない

• PS 0､ 大腸がん､ 1cm大x1個の肝転移､ 5mm~1cm大の肺転移が両肺合わせて10個程度､ 傍腹部大動脈にリンパ節転移が多数
• 奥さんと2人で来院

抗がん剤治療前のコミュニケーション

上記のような患者さんが来られました｡ 第1回~第3回でお話ししたような手順で､ 転移を有する状態であることの意味､ それを踏まえて薬物療法が治療のメインになること､ そして今後の治療の目標についてお話しした上で､ 今後の方針について相談を始めました｡

｢より長く｣ を目指すために抗がん剤治療が助けになる可能性があることについてご理解をいただき､ そのために抗がん剤を受けることにはご納得をいただけたようでした｡ そして､ よりよく生活していくこと､ 自分らしい人生を送るために､ 副作用のマネジメントなどを行いながら､ 治療ともうまく付き合っていこうとご納得されたご様子でした｡

そこで､ 治療をいつから始めましょうか？という具体的な話に移り出した際に､ 患者さんからこのような質問がありました｡

👨‍🦳患者さん

｢先生､ 抗がん剤が必要なことはよくわかったし､ 自分もより長くがんを抑えていきたいと思うから､ 抗がん剤は使った方がいいと思っているんだけど､ それ､ 今始めなきゃだめかな？｣ 

👨‍⚕️医師

 ｢そうですね｡ 例えば今日明日とか来週早々に始めないといけない､ というようなスピード感はありませんが､ 何かご予定があるとか､ 具体的にいつ頃から始めたいとか､ ありますか？｣ 

👨‍🦳患者さん

 ｢まあ､ 別に決まった予定はないけど､ 今年で定年を迎えるしさ､ これからやっと妻とゆっくり旅行なんかしたいなって､ 思ってた矢先にこんなんなっちゃって…｡ 今､ はっきり言って全然症状もないし､ 元気なんだよね｡ さっき聞いたみたいに､ 抗がん剤を始めちゃうと副作用なんかも出ちゃうでしょ？がんの症状が出始めてから､ 抗がん剤を始めるってわけにはいかないのかな？｣

患者さんに伝えたい2つのポイント

｢抗がん剤をいつから始めるか｣は､ 実臨床ではよく遭遇する問題で､ かつ､ 患者さんからもよく尋ねられる質問だと思います｡

正確には､ がん種によっても違いますし､ いわゆる腫瘍量や病勢によってだいぶ異なりますので､ 患者さん毎に個別に判断する必要があります｡ ただ､ 一般的な話として､ 患者さんが誤解をしていることもありますので､ ここで解説したいと思います｡

患者さんには次の2つのことを知ってもらうと良いと思います｡

がんの進行パターン

図の青いラインのように､ がんは直線的に増えていくと思われがちですが､ 実際には黒い曲線のように､ 指数関数的に､ 最初はゆっくり､ そしてある時から急速に増えていくようなパターンを取ることがほとんどです｡

症状の出るライン

がんの種類や病変の場所にもよりますが､ がんによって症状が出るラインというのは､ 多くの患者さんが思っているより､ ずっと上の方にあります｡ 即ち､ 症状が出るのは､ 随分とがんが進行してしまってからであり､ 逆にいうと､ がんは症状を出さなくても進行していくケースが多い､ ということです｡

抗がん剤治療の適切な開始時期

前の図でもお示ししましたように､ 一般的に症状が出るラインは随分高いところにあるので､ ｢実は症状が出てから命に関わるまでの時間は非常に短い｣ ということがわかります｡ そのため､ 赤の曲線で示したように､ 症状が出てから抗がん剤を開始しても､ あまり効果が得られないばかりか､ 体調が悪いところで抗がん剤を使うことによって､ 逆に命を短くしてしまうリスクもあります｡ これは､ 抗がん剤はギリギリまで待って始めるべき治療ではないということを意味します｡

それでは､ 抗がん剤を始める適切な時期はいつでしょうか？ 

図の青い曲線のように､ ある程度早めの､ がんが勢いを増し始めるかどうか､ そして症状もなく抗がん剤治療に耐えるだけの元気な体力がある時期というのが最も適切な時期と考えられます｡

患者さんには､ 上記のような説明をさせてもらいました｡ 患者さんは､  ｢とりあえず抗がん剤開始前に一回妻と旅行に行って楽しんできますね｣ とおっしゃり､ 抗がん剤治療はそれから約1ヵ月後から開始することになりました｡ もちろん､ 治療期間中も時折ご旅行に出かけておられます｡