HOKUTO編集部
8日前
癌薬物療法に伴う悪心・嘔吐 (chemotherapy-induced nausea and vomiting: CINV) は、 患者のQOLを大きく損なう副作用の一つであり、 その発現を適切に予防することが重要です。 特に高度催吐性リスクを有する化学療法に対しては、 複数の制吐薬を組み合わせた予防的アプローチが推奨されています。 本稿では、 CINV予防におけるデキサメタゾンとオランザピンの役割にフォーカスし、 その作用機序、 エビデンスについて解説します (第5回解説医師 : 国立がん研究センター中央病院 頭頸部・食道内科 山本駿先生)。
デキサメタゾンは、 古くから制吐効果が知られているステロイド薬であるが、 その具体的な作用機序には未解明な点も多い。 実臨床における主な投与方法は以下のとおりである¹⁾。
高催吐性レジメン : 他の制吐薬と併用し、 投与初日に9.9mg/日を点滴静注で、 2~4日目には8mg/日を経口投与
中等度催吐性レジメン : 同様に他の制吐薬と併用し、 初日に9.9mg/日を点滴で、 2~3日目には8mg/日を経口投与
カルボプラチンを含むレジメン (3剤併用による予防的制吐療法) : 初日に4.95mg/日を点滴で、 2~3日目には4mg/日を経口投与
デキサメタゾンの制吐効果は、 約40年前に実施された無作為化比較試験 (RCT) により検証されている。 本試験では、 シスプラチンを除く外来化学療法を受ける癌患者を対象として、 デキサメタゾンとプロクロルペラジンの制吐効果が比較された。
その結果、 デキサメタゾン群はプロクロルペラジン群に比べて、 嘔気 (p<0.02) および嘔吐 (p<0.03) の発生頻度が有意に低かった。 具体的には、 嘔気を認めなかった症例はデキサメタゾン群で25例、 プロクロルペラジン群で14例であり、 両群間に有意差が認められた (p<0.001)。 同様に、 嘔吐を認めなかった症例は、 デキサメタゾン群で29例、 プロクロルペラジン群で18例であり、 こちらも有意差が確認された (p<0.001)。
主な有害事象としては、 眠気や食欲減退が報告されたが、 いずれもデキサメタゾン群において発現頻度が低かった。
デキサメタゾンは、 その制吐効果が確立されている一方で、 血糖上昇や骨密度低下などの有害事象を伴うことがある。 そのため、 近年ではデキサメタゾンの投与期間を短縮する 「ステロイド・スペアリング」 が検討されている。
特に、 AC療法や中等度催吐性レジメンにおいては、 第2世代の5-HT₃受容体拮抗薬であるパロノセトロンを使用することで、 デキサメタゾンの投与を初日のみに留めることが可能である¹⁾。
オランザピンは、 多元受容体標的化抗精神病薬 (MARTA) であり、 当初は統合失調症の治療薬として広く使用されていた。 ドーパミンD₂受容体拮抗作用やセロトニン受容体拮抗作用などが、 抗癌薬による悪心・嘔吐の発生機序に抑制的に作用することから、 制吐薬としての開発が進められた。
高催吐性レジメンにおいては、 他の制吐薬と併用しつつ、 投与初日から4日目までオランザピン5mg/日を内服で投与する¹⁾。
オランザピンに関しては、 高催吐性レジメンを対象にした無作為化比較試験が複数行われている。 ここでは、 重要な3件の試験を紹介する。
本試験は、 シスプラチン70mg/m²以上を含有するレジメン、 またはシクロホスファミドとドキソルビシンの併用療法を対象とした第III相無作為化比較試験である。
同試験では、 3剤併用療法 (NK₁受容体拮抗薬、 5-HT₃受容体拮抗薬、 デキサメタゾン) に対する、 オランザピン10mg/日の上乗せ効果が検証された。
登録患者数は380例であり、 オランザピン群に192例、 プラセボ群に188例が割り付けられた。 主要評価項目である 「悪心なし」 の割合は、 急性期において74% vs 45% (p=0.002)、 遅発期において42% vs 25% (p=0.002)、 全期間 (0~120時間) において37% vs 22% (p=0.002) であり、 いずれの期間においてもオランザピンの有意な優越性が示された。
また、 嘔吐完全制御 (CR) 割合についても、 急性期において86% vs 65% (p<0.001)、 遅発期において67% vs 52% (p=0.007)、 全期間において64% vs 41% (p<0.001) と、 すべての期間においてオランザピン群が有意に良好な結果を示した。
治療関連死亡は認められず、 オランザピン群では5%の患者において2日目に重篤な鎮静が報告された。
本試験は、 高催吐性レジメン (シスプラチン50mg/m²以上) を対象に本邦で実施された第II相無作為化比較試験である。 前述の試験によりオランザピンの制吐効果はすでに証明されていたが、 一方で鎮静や眠気といった有害事象を考慮した場合、 本邦においてはオランザピン10mg/日と5mg/日のいずれが適切であるかは不明であった。
そのため、 本試験では至適用量を検討する目的で、 標準的な3剤併用制吐療法に加えてオランザピン10mg/日または5mg/日を併用し、 両用量の直接比較が行われた。
登録患者数は153例であり、 10mg群に76例、 5mg群に77例が割り付けられた。 主要評価項目である遅発期における嘔吐完全制御 (complete response: CR) 割合は、 10mg群で77.6%、 5mg群で85.7%であり、 両群に明確な差は認められなかった。
また、 有害事象としての眠気は、 10mg群で53.3%、 5mg群で45.5%に報告されており、 10mg群でやや高い傾向がみられた。
前述の第II相試験の結果を踏まえ、 本邦においてはオランザピン5mg/日が至適用量と判断された。
J-FORCE試験は、 高催吐性レジメン (シスプラチン50mg/m²以上) を対象として、 標準的な3剤併用制吐療法にオランザピン5mg/日を追加することによる上乗せ効果を検証した、 第III相無作為化比較試験である。
本試験には710例が登録され、 オランザピン群に356例、 プラセボ群に354例が割り付けられた。 主要評価項目である遅発期の嘔吐完全制御 (complete response: CR) 割合は、 オランザピン群で79%、 プラセボ群で66%であり、 有意な差が認められた (p<0.0001)。 この結果により、 オランザピン5mg/日の上乗せ効果が明確に示された。
なお、 安全性については、 オランザピン群においてGrade 3の便秘および眠気がそれぞれ1例ずつ報告された。
これらの結果を踏まえ、 本邦における高催吐性レジメンに対する標準的な制吐療法は、 NK₁受容体拮抗薬、 5-HT₃受容体拮抗薬、 デキサメタゾン、 オランザピン (5mg) の4剤併用療法である。
ただし、 デキサメタゾンおよびオランザピンは血糖上昇などの有害事象を有するため、 特に耐糖能異常を有する患者に対してはオランザピンの使用を控えるべきである。
また、 高齢者においては眠気や鎮静が転倒リスクを高める可能性があることから、 オランザピンの適応可否、 中止、 あるいは減量については慎重に判断する必要がある。
本稿では、 デキサメタゾンとオランザピンの主要なエビデンスを概説した。 次回は実臨床における具体的な使い方に関して共有する。
第1回 : 総論編
第2回 : 高催吐レジメン編
第3回 : 中催吐レジメン編
第4回 : 軽度・最小度催吐性レジメン編
第5回 : 新規開発薬ホスネツピタント
第6回 : 中催吐性レジメンで管理困難な場合の対応
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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