IBDマニュアル
4ヶ月前
本コンテンツでは原因不明で治療が困難な炎症性腸疾患 (IBD) について、 疫学・病態・治療などの観点から解説を行います。 最新のエビデンスを基にしておりますので、 ぜひ臨床の参考としていただければ幸いです。
東京医科歯科大学 潰瘍性大腸炎・クローン病先端医療センター/消化器連携医療学
ヤヌスキナーゼ (JAK) はJAK1, JAK2, JAK3, TYK2から構成されるチロシンキナーゼファミリーである。
JAK/STATシグナル伝達系を介するサイトカインや増殖因子 (IL2, IL6, IL10, IL12, IL23, IFNα, IFNγなど) が細胞表面上の受容体に結合すると、 受容体に結合しているJAKにアデノシン三リン酸 (ATP) が結合してJAKがリン酸化され、 受容体の細胞内ドメインをリン酸化してSTATが会合し、 STATがリン酸化される。 リン酸化されたSTATは二量体を形成して核内に移行し、 遺伝子転写を活性化する。
JAK阻害薬はATP結合部位に結合することでシグナル伝達を阻害し遺伝子転写の活性化を抑え、 免疫抑制効果を発揮する。
サイトカイン受容体に結合するJAKは複数の組み合わせで結合されており、 それぞれの受容体ごとに結合する組み合わせは決まっている¹⁾。 JAK2の抑制は血球減少を誘導し得るため、 主にJAK1の選択性を高めた薬剤が開発されている。
低分子化合物は一般に濃度依存性があり、 高濃度では期待しない作用のリスクが上昇する。 標的分子への選択性が高いほど低用量で効果が期待でき、 炎症性腸疾患において重要なJAK1への選択性を高めることが副作用を低減し有効性を発揮するための戦略の一つと考えられている。
トファシチニブはJAK1, JAK2, JAK3を主に抑制し、 フィルゴチニブおよびウパダシチニブはJAK1選択性が高いとされる²⁾。 一方で、 潰瘍性大腸炎の寛解導入療法での用量は、 関節リウマチの用量と比較し、 フィルゴチニブは同量、 トファシチニブは倍量、 ウパダシチニブは3~6倍量であり、 高い選択性かつ高用量ほど有効性が期待されるが、 安全性はフィルゴチニブに利点がありそうである。
複数のネットワークメタ解析³⁾において、 臨床的寛解に関してウパダシチニブはフィルゴチニブに対してOR 4.49 (95%CI 2.18-9.24)、 トファシチニブに対してOR 2.84 (95%CI1.28-6.31)でいずれも有意であり、 フィルゴチニブとトファシチニブは有意ではなかった。 なおウパダシチニブは既存のいずれの生物学的製剤および低分子化合物対しても、 寛解導入において有意であった³⁾。
潰瘍性大腸炎ではトファシチニブ (ゼルヤンツ®)、 フィルゴチニブ (ジセレカ®)、 ウパダシチニブ (リンヴォック®) が使用可能であるが、 いずれも、 「中等症から重症の潰瘍性大腸炎の寛解導入および維持療法 (既存治療で効果不十分な場合に限る) 」 となる。
▼ゼルヤンツ®錠
通常、 成人にトファシチニブとして1回10mgを1日2回8週間経口投与する。 なお、 効果不十分な場合はさらに8週間投与することができる。
通常、 成人にトファシチニブとして1回5mgを1日2回経口投与する。 なお、 維持療法中に効果が減弱した患者では、 1回10mgの1日2回投与に増量することができる。 また、 過去の薬物治療において難治性の患者 (TNF阻害薬無効例等) では、 1回10mgを1日2回投与することができる。
▼ジセレカ®錠
通常、 成人にはフィルゴチニブとして200mgを1日1回経口投与する。 なお、 維持療法では、 患者の状態に応じて100mgを1日1回投与できる。
▼リンヴォック®錠
通常、 成人にはウパダシチニブとして45mgを1日1回8週間経口投与する。 なお、 効果不十分な場合はさらに8週間投与することができる。
通常、 成人にはウパダシチニブとして15mgを1日1回経口投与する。 なお、 患者の状態に応じて30mgを1日1回投与することができる。
▼各薬剤の使い分け
比較試験はなくリアルワールドデータも少ないため、 使い分けに明確な指標はない。 既存データからの印象では、 フィルゴチニブがJAK阻害薬の中では安全性に優れるマイルドなJAK、 ウパダシチニブはリスクもあるが強力なJAK、 トファシチニブはウパダシチニブに近く唯一長期のデータが既に存在している、 というところにとどまる。
クローン病ではウパダシチニブのみが承認されている。 「中等症から重症の活動期クローン病の寛解導入及び維持療法 (既存治療で効果不十分な場合に限る) 」 となる。 トファシチニブ、 フィルゴチニブは臨床試験において有効性が証明されなかった。
▼リンヴォック®錠
通常、 成人にはウパダシチニブとして45mgを1日1回12週間経口投与する。
通常、 成人にはウパダシチニブとして15mgを1日1回経口投与する。 なお、 患者の状態に応じて30mgを1日1回投与することができる。
トファシチニブの試験結果の安全性において注目された副作用の一つが帯状疱疹である。 リスク因子として、 高用量、 長期使用、 高齢者、 アジア人が挙げられ、 リスクの高い症例においては不活化帯状疱疹ワクチン接種が検討される。
ただし免疫抑制療法中の症例においてワクチンの有効性は証明されておらず、 一律の推奨はされていない。 帯状疱疹リスクに関するネットワークメタ解析ではトファシチニブおよびウパダシチニブが有意なリスクを示されているが、 信頼区間が広大であり信頼性は低い⁴⁾。 フィルゴチニブはこれまでの各試験結果等からはリスクが低いと考えられる。
トファシチニブにおいてハイリスクの関節リウマチ患者を対象に、 主要心血管イベント (MACE) および発癌リスクに関して抗TNFα抗体製剤との比較試験 (ORAL Surveillance) が行われた。 トファシチニブは抗TNFα抗体に対し同等性が証明されずMACEおよび発癌についてリスクが考慮される結果となった⁵⁾。
当解析は対象が非常にハイリスクな症例であり炎症性腸疾患では年齢層や抱えるリスクが異なること等、 炎症性腸疾患でどこまで考慮しなければならないかは明らかではない。 いずれにしても高リスクの症例では導入において十分な検討が必要である。
なお、 本邦の潰瘍性大腸炎における市販後調査では、 2,043例の5年に及ぶ解析がなされており、 脳心血管イベント、 悪性腫瘍、 血栓症はいずれも0.5/100人年未満であり、 過剰な対応は必要ないと考えられる。 また同調査では帯状疱疹は4.5%だった⁶⁾。
ウパダシチニブにおいてざ瘡の発現が認められている。 若年者が多い炎症性腸疾患においては薬剤選択について美容面も軽視できない問題である。
臨床試験においては報告数が少ないが、 炎症性腸疾患におけるリアルワールドデータでは20%⁷⁾、 本邦の解析でも約40%でみとめられ30mg以上の投与中は消失が困難であると報告されており⁸⁾、 導入前にリスクについての説明が望ましい。 なお他のJAK阻害薬ではリアルワールドにおいても目立った報告はない。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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