HOKUTO編集部
1年前
乳癌領域において日本で初めて行われた外科手技の前向き比較試験JCOG1017の結果から、 Ⅳ期乳癌に対する原発巣切除は、 生存への有意な上乗せはないことが示された (関連記事「〔詳報〕de novo Ⅳ期の乳癌に対する原発巣切除はOSを改善せず」)。 では、 この試験結果を受けて、 実臨床においては、 「患者とのShared decision making(SDM)をどう行うか?」という課題がある。
この重要な課題について、 第31回日本乳癌学会のアンコール企画でディスカッサントとして登壇したがん研究会有明病院乳腺センター乳腺外科副部長で、 同学会診療ガイドライン委員会・外科療法小委員会委員長の坂井威彦氏の考察の一部を紹介する。
現行の「乳癌診療ガイドライン 2022年版」では、米国¹⁾、オーストリア²⁾、インド³⁾、トルコ⁴⁾で行われた4件の前向き試験の結果を踏まえて、
CQ4a 「Stage Ⅳ乳癌に対して予後の改善を目的とした原発巣切除は勧められるか?」
推奨:Stage Ⅳ乳癌に対して予後の改善を目的とした原発巣切除は行わないことを強く推奨する。
CQ4b 「Stage Ⅳ乳癌に対して局所制御を目的とした原発巣切除は勧められるか?」
推奨:Stage Ⅳ乳癌に対して局所制御を目的とした原発巣切除は行わないことを弱く推奨する。
と記載されている。
坂井氏は「今回報告されたJCOG1017⁵⁾ の結果(原発巣切除は薬物療法に感受性を持つde novo Ⅳ期乳癌患者においてOSを有意に延長できなかった)を踏まえて、 今後委員会で検討予定であるが、 おそらく2026年のガイドライン大改訂では、 2022年の記載がある程度踏襲されるだろう」と述べた。
しかし、 Stage Ⅳ乳癌には、 非常に多様な病態が含まれる。 患者の年齢、 Subtype、 転移状況、 生命を脅かす状況の有無(life-threatening)、 原発巣および転移巣での初期治療の効果の有無など、 これらの因子を単純に掛け合わせるだけでも200種類以上のStage Ⅳ乳癌という状況があることになる。
Stage Ⅳ乳癌のどの患者に、 どのタイミングで原発巣切除が望ましいのかについてはまだ明らかではなく現状のガイドラインでは記載できていない。
そこで坂井氏は、 私見として、 原発巣切除のメリットがありそうな群として、 以下を挙げた。
症状の増悪で局所の処置が必要になりそうな患者群。 特に今回下記の結果が示されたが、 4年で潰瘍形成が1/4の症例で見られていたが、 原発切除で15%減少していた。 ただし、 適応については個々に検討が必要である。
無局所再発生存期間(LRFS)は原発巣切除により有意に改善された。
局所潰瘍形成・局所出血発生割合は原発巣切除により有意に改善された。
例として、 多発肺転移を認めるLuminal type、 5cmの原発巣の乳癌に対して、 CDK4/6阻害薬+アロマターゼ阻害薬(AI)併用療法により長期安定(Long SD)が得られている症例。 遠隔転移はコントールできているものの、 原発巣のみが増大してきた場合には、 原発巣を切除すれば現在のQOLが高い治療を継続できる可能性がある。 よって、 患者と相談し患者の希望によっては、 原発巣切除が選択肢となりうると考えられる。
例として、 転移巣に対してタキサン系薬剤+抗HER2薬の併用療法でLong SDとなった症例。 転移巣が消滅しそうなほど縮小したものの、 原発巣が消え切らずにまだ残存している場合には、 原発巣切除で完全切除となる可能性がある。
これら3つの症例群を提示した上で、 坂井氏は「ただし、 現在は薬物療法の治療効果がより高くなってきているため、 以前ほど局所制御が必要な症例は多くない。 薬物療法を十分に行いながら、 症例ごとに適応を検討するべきと考えている」と述べた。
このように、 原発巣切除の意義については、 予後改善という観点では難しいことが明らかになりつつある一方で、 ①骨転移のみ、 ②転移病巣が少数(オリゴ転移)、 ③肝転移なし、 ④HER2 type、 ⑤遠隔転移消失-などのサブグループでは期待できる可能性がある。
最近では、 転移巣が1~5個のオリゴ転移を有する固形癌に対して、 標準治療(維持治療)に対する体幹部定位放射線治療(SBRT)の追加効果を評価した第Ⅱ相非盲検ランダム化比較試験SABR-COMETの結果から、 OSが有意に改善(中央値 28カ月 vs 41カ月、 HR 0.57、 95%CI 0.30-1.10、 P=0.090)することが報告された(Lancet 2019; 393: 2051-2058)。
坂井氏は「今後、 オリゴ転移を有する進行乳癌に対する根治的局所療法追加の意義を検証するランダム化比較試験OLIGAMI trial(JCOG 2110)において、 原発巣+オリゴ転移に対する局所治療の有効性についても、 ある程度の結論が示されるのではないか」と期待を寄せた。
以上より、 坂井氏は「Stage Ⅳ乳癌に対しては、 基本的には薬物療法が主体であり、 初期治療が効いたしても、 早期に原発巣切除を検討する必要はない」と考察。
ただし、 StageⅣと診断された乳癌患者に対して、 「手術ができない」「手術の適応がない」「手術の意味がない」といった言葉を使ってしまうと、 患者の気持ちがなかなかついてこれないことも懸念される。
薬物療法の効果を見ながら、 かつ原発巣切除によりメリットを得られる症例を見極めたうえで、 手術のタイミングを検討することが肝要となるが、 同氏は「このあたりを、 ガイドラインに記載することは非常に難しい。 ガイドラインの難しさでもあるが、 2026年の大改訂に向けて今後十分検討していきたい」と展望した。
⁴⁾ A randomized phase Ⅲ trial of systemic therapy plus early local therapy versus systemic therapy alone in women with de novo stage Ⅳ breast cancer:A trial of the ECOG-ACRIN Research Group(E2108). J Clin Oncol 2020; 38(18_suppl):LBA2.
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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