インタビュー
18日前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、北里大学病院下部消化管外科 ( 医学教育研究開発センター医療技術教育研究部門) 教授の佐藤武郎先生に話を聞いた。 (全4回の第2回)
医師1年目の相模原病院 (神奈川)、 医師4~5年目の東大和病院 (東京) で初めての手術を含め数多くの症例を経験した。
「本当の初めての手術は相模原病院時代ですが、 やはり鮮明に覚えています。 小児ヘルニアの手術で、 元気に帰っていく姿を見て、 心からホッとしました」

「これは自分の責任なんでしょうか?」 と不安げに聞いてきた母親とのやりとりも記憶に残る。
「『かなりの確率で偶然起こるものです。 親御さんの影響は全くないですよ』と言うと、 『ああ、 よかった』と安心されていました」

「医師として身内を助けたい」 という思いも叶った。 母や妻、 叔父の手術に関わり、 父の病気の診断もした。 母の下肢静脈瘤手術では、 左右のうち片足を担当した。
「母は良くなりましたが、 『あなたが縫ったところだけ痛い』と冗談交じりに言われます (笑) 」

6年目で北里大学病院に戻り、 1年間チーフレジデントを務めた。 研修医から病棟医のまとめ役として病棟全体を管理する役割を担った。
「患者さんの管理や手術をする医師を決めるなど、 病棟全体をコーディネートしました。 正直、 一番忙しいポジションでした。 今なら完全アウトですが、 1週間病院に泊まり込みも珍しくありませんでした」

チーフレジデントの最後の3か月間は血管外科で働き、 血管の手術もたくさん経験した。 血管外科の指導医に 「血管外科の専門にならならないか?」 と強く勧められていた。
そんな時、 突然、 ドイツ留学の話が舞い込んだ。 悪性腫瘍の研究機関で、 血管外科のスタッフになるという道は閉ざされることになる。
「血管外科を勧めてくれていた先生に話すと、 『自分が好きな道を生きればいいよ』と言って背中を押してくれました」
以前から欧州に興味を持っていたこと、 妻が幼少期に欧州に住んでいたこともあり、 ドイツ留学の話は渡りに船だった。
腫瘍外科医として歩む覚悟を決め、 ドイツに向かった。

編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。