亀田総合病院
3ヶ月前
呼吸器感染症領域で注目度の高い論文を毎月3つ紹介するシリーズです。 7月に出版された論文から3つの重要論文を紹介いたします。
N Engl J Med. 2024年7月17日オンライン版.
背景 SARS-CoV-2感染後の後遺症 (postacute sequelae of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) infection ; PASC) は、 「Long COVID」 とも呼ばれ、 多くの臓器系に影響を与える可能性があります。
本研究は、 大規模なデータベースを用いて、 パンデミック中の時間的変化によるPASCの累積発生率を評価しました。 PASCは、 感染の重症度や併存疾患の有無によってリスクが増加し、 COVID-19ワクチン接種によりリスクが減少することが示されています。 しかし、 パンデミック中のウイルスの特性変化がPASCに与える影響は明らかになっていませんでした。
試験デザイン 本研究では、 退役軍人医療システムのデータベースを使用して、 2020年3月1日~2022年1月31日にSARS-CoV-2に感染した44万1,583例と、 同期間に非感染であった474万8,504例の対照群を評価しました。 感染後1年間のPASCの累積発生率を推定しました。
試験結果 ワクチン未接種者における感染後1年間のPASCの累積発生率は、 デルタ以前の時代では100人当たり10.42件、 デルタ時代では100人当たり9.51件、 オミクロン時代では100人当たり7.76件でした。 ワクチン接種者では、 デルタ時代で100人当たり5.34件、 オミクロン時代で100人当たり3.50件でした。 ワクチン接種者の方が未接種者よりもPASCの累積発生率が低値でした。
感染後1年間の100人当たりのPASC発生数は、 デルタ時代以前とデルタ時代を合わせた時期よりも、 オミクロン時代の方が5.23人 (95%CI、 4.97~5.47) 減少していました。 減少の28.11% (95%CI 25.57-30.50%) は時期に関連した影響 (ウイルスの変化やその他の時間的影響) に起因し、 71.89% (95%CI 69.50-74.43%) はワクチンに起因していました。
時間経過やワクチン接種がPASC減少と関連
本研究は、 パンデミックの時間経過とともにPASCが減少していること、 ワクチン接種がPASCの減少に寄与していることを示しました。
オミクロン時代以降でもワクチン接種が重要
しかし、 オミクロン時代でも、 依然としてPASCのリスクは残っており、 ワクチン接種によるPASCの発生数減少への寄与は大きいと考えられます。 オミクロン時代以降においても、 PASCというCOVID-19の疾病負荷があり、 PASCを減らすためには、 ワクチン接種が重要であることが示されたと考えられます。
背景 国際ガイドライン¹⁾では、 吸入抗菌薬は気管支拡張症患者の治療において、 緑膿菌感染を伴い増悪頻度が3回以上の患者に、 条件付きで推奨されています。 しかし、 個別の研究結果は一貫していません。
本研究では、 近年発表された研究も含み、 最新のエビデンスを評価するために、 成人の気管支拡張症患者に対する吸入抗菌薬の無作為化比較試験を対象に、 系統的レビューとメタ解析が実施されました。
試験デザイン メタ解析の対象として20の研究 (3,468例) が含まれました。
試験結果 吸入抗菌薬は増悪の頻度を減少させ (リスク比 0.85、 95%CI 0.75-0.96)、 重症増悪の頻度を減少させました (リスク比 0.48、 95%CI 0.31-0.74)。 QOLもわずかに改善させる可能性が示唆されました (QOL-B-RSS scores : 平均差2.51、 95%CI 0.44-4.31)。
有害事象の増加は認めませんでしたが、 抗菌薬耐性菌のリスクを増加しました (リスク比 1.86、 95%CI 1.51-2.30)。 吸入抗菌薬は、 増悪を軽度減少させ、 重症増悪を減少させる可能性があり、 わずかな症状やQOLの改善を得られる可能性が示唆されました。
吸入抗菌薬の有効性・安全性を確認
近年、 気管支拡張症の罹患率は増加傾向ですが、 まだ治療薬剤も少なく、 世界的に注目されている呼吸器疾患です。 現在、 さまざまな薬剤が開発中ではありますが、 本研究では、 吸入抗菌薬が、 有害事象を増やさず、 増悪を減少させることが示されました。
吸入抗菌薬の実臨床への導入増加に期待
吸入抗菌薬は、 薬剤送達システムの進歩もあり、 肺MAC症におけるアミカシン (アリケイス®) の登場など、 実臨床で用いる機会も増えています。 本研究のようなエビデンスの集積とともに、 非結核性抗酸菌症、 気管支拡張症を主体に新しい薬剤やデバイスが出現し、 実臨床における導入も増えていくことが期待されます。
背景 誤嚥性肺炎は、 咽頭および胃内容物の大量誤嚥により引き起こされる細菌性肺感染症であり、 市中肺炎の5~15%を占め、 高い死亡率と関連しています。 歴史的に、 嫌気性細菌が主要な病原体と考えられていましたが、 最近の研究ではその割合が低いことが示されています。 2019年の米国呼吸器学会/米国感染症学会 (ATS/IDSA) ガイドラインでも誤嚥性肺炎の治療においてルーチンの嫌気性菌カバーは推奨されていません。
本研究は、 市中肺炎において、 限定的な嫌気性菌カバー (limited anaerobic coverage ; LAC)と広範な嫌気性菌カバー (extended anaerobic coverage ; EAC) において、 院内死亡とC. difficile腸炎に差があるかを、 大規模な多施設後ろ向き観察研究で評価しました。
試験デザイン 本研究は、 カナダ・オンタリオ州の18病院で2015年1月1日~2022年1月1日に実施された多施設後ろ向きコホート研究です。 対象者は、 誤嚥性肺炎と診断され、 入院後48時間以内にガイドラインに沿った市中肺炎の第一選択抗菌薬治療を受けた患者です。
LAC群はセフトリアキソン、 セフォタキシム、 またはレボフロキサシンを受けた患者で構成され、 EAC群はアモキシシリン/クラブラン酸、 モキシフロキサシン、 またはLAC抗菌薬とクリンダマイシンまたはメトロニダゾールの併用を受けた患者で構成されました。 LAC群とEAC群にはそれぞれ2,683例と1,316例の患者が含まれました。
試験結果 LAC群では814例 (30.3%)、 EAC群では422例 (32.1%) が院内で死亡しました。 C. difficile腸炎は、 LAC群で5例以下 (0.2%)、 EAC群で11~15例 (0.8~1.1%) に発生しました。 重み付け後の調整リスク差は、 院内死亡率で1.6% (95%CI -1.7%-4.9%)、 C. difficile腸炎で1.0% (95%CI 0.3%-1.7%) でした。
誤嚥性肺炎における広範な嫌気性菌カバーは院内死亡率を改善せず、 C. difficile腸炎のリスクが増加するだけであることが示唆され、 広範な嫌気性菌カバーは不要と考えられました。
誤嚥性肺炎に対し、 嫌気性菌カバーは不要
日本でも、 誤嚥性肺炎に対しては慣習的にアンピシリン/スルバクタムなど広範な嫌気性菌カバーの抗菌薬投与が行われることが多かったと思います。
本研究の結果からは、 広範な嫌気性菌カバーは不要であり、 現行のATS/IDSAの市中肺炎ガイドライン2019の推奨を支持する結果となりました。 さらなる観察研究におけるデータ集積と無作為化比較試験も今後待たれるところだと思います。
中島啓が編著し、 全国のエキスパートの知と技を結集した新刊 「呼吸器内科診療の掟」 が7/1に発売となりますのでぜひ診療の参考にされて下さい!
呼吸器内科の基本をしっかり学びたい方は 「レジデントのための呼吸器診療最適解」 (医学書院) でぜひ勉強されて下さい!
一言 : 当科では教育および人材交流のために、 日本全国から後期研修医・スタッフ (呼吸器専門医取得後の医師) を募集しています。 ぜひ一度見学に来て下さい。
連絡先 : 主任部長 中島啓
メール : kei.7.nakashima@gmail.com
中島啓 X/Twitter : https://twitter.com/keinakashima1
亀田総合病院呼吸器内科 Instagram : https://www.instagram.com/kameda.pulmonary.m/
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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