HOKUTO編集部
16日前
HER2陽性胃癌に関する最新の試験結果や治療について専門医の視点から解説する新シリーズです。 ぜひ臨床でご活用ください (解説医: 国立癌研究センター中央病院薬剤部 田内淳子先生)。
進行胃癌のうち、 約20%はHER2陽性を示す¹⁾。 HER2陽性胃癌の初回薬物療法として、 ToGA試験²⁾の結果から2剤併用化学療法 (フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤) にトラスツズマブを併用するレジメンが標準療法として確立されている。
2次治療としては、 HER2発現の有無によらず、 RAINBOW試験³⁾の結果からパクリタキセルとラムシルマブ併用療法が確立されており、 高頻度マイクロサテライト不安定性 (MSI-High) を有する場合に限り、 ペムブロリズマブが選択肢として推奨されている⁴⁾。
3次治療以降は、 以前はイリノテカンやトリフルリジン/チピラシル、 ニボルマブ等が遺伝子異常によらず用いられていたが、 第Ⅱ相無作為化比較試験DESTINY-Gastric01⁵⁾の結果から、 トラスツズマブ既治療のHER2陽性胃癌に対しては、 トラスツズマブ デルクステカン (以下、 T-Dxd) が標準治療として確立された。
本稿では、 前回に続き、 HER2を標的とした抗体薬物複合体であるT-Dxdの有害事象管理について解説する。
T-Dxdの構造を下記に示す。
T-Dxdは、 HER2を標的としたヒト化モノクローナル抗体と、 トポイソメラーゼⅠ阻害作用を有するカンプトテシン誘導体を、 リンカーを介して結合させた抗体薬物複合体 (antibody-drug conjugate;ADC) である。 ADCは特定の分子を標的とする抗体に、 殺細胞性抗癌薬等を付加していることから、 抗体が特定の分子を有する腫瘍細胞に結合し、 直接腫瘍細胞まで運び、 殺細胞性抗癌薬などのペイロードを放出し抗腫瘍効果を発揮する。 従来のADC製剤の1抗体当たりの薬物抗体比は約2~3だったが、 本薬剤は約8となっており、 高い薬物結合数であることが特徴である。
T-Dxdは、 HER2を標的にした抗体薬のトラスツズマブに、 トポイソメラーゼ阻害薬であるデルクステカンを結合させたADCである。 T-Dxdは、 腫瘍細胞の細胞膜上に発現するHER2に結合して細胞内に取り込まれた後、 腫瘍細胞膜内でリンカーが切断され、 MAAA-1181aが遊離し、 トポイソメラーゼ阻害作用により癌細胞の増殖を抑制する。
前述した第Ⅱ相無作為化比較試験DESTINY-Gastric01における、 T-Dxdの治療成績は以下の通りであった。
T-Dxd 1回6.4mg/kg (体重) を90分かけて 3週間隔で点滴静注する。 なお、 初回投与の忍容性が良好であれば、 2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。
DESTINY-Gastric01試験でT-Dxdが投与された125例 (日本人99例) における主な全Gradeの治療関連有害事象は、 好中球数減少63.2%、 悪心63.2%、 食欲不振60.0%、 貧血57.6%、 血小板数減少39.2%、 嘔吐26.4%だった。
また、 間質性肺炎の発現割合は全Gradeで10.4%と報告されており、 時に致死的な経過をたどることから、 早期発見・早期治療のための適切なモニタリングが必要である。
本稿では上記の中から特に注意すべき有害事象として、 悪心・嘔吐と間質性肺炎について解説する。
種々の臨床試験で示されたT-Dxdの催吐リスクは約70%と報告されており、 頻度は高いが定義上は中等度催吐性抗癌薬に該当する。 本邦の『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』や米国臨床腫瘍学会 (ASCO) ガイドラインではT-Dxdは中等度催吐性に分類されているが、 米国癌センターネットワーク (NCCN) ガイドラインでは催吐リスクの高さから、 高度催吐性抗癌薬に分類されていることは留意が必要である。
▼患者背景に応じた制吐療法で対応
制吐療法の効果低下に影響を及ぼす患者関連リスク因子 (若年、 女性、 飲酒習慣なし、 乗り物酔いや妊娠悪阻の経験)⁶⁾がある場合など、 患者背景に応じては高度催吐性抗癌薬もしくは中等度催吐性抗癌薬のオプションに準じた制吐療法での対応を考慮する。
カルボプラチン(AUC≧4)投与時または、 カルボプラチン以外の抗癌薬において、 2剤併用療法では悪心が制御できない場合は以下のオプションに準じた制吐療法での対応を考慮する。
▼突出性の悪心・嘔吐では予防的投与と異なる機序の制吐薬を検討
突出性の悪心・嘔吐に対しては、 予防的投与で使用した制吐薬と作用機序の異なる制吐薬(例 : メトクロプラミドなどのドパミンD₂受容体拮抗薬)を追加投与する。 予期性悪心・嘔吐が出現した際には、 ベンゾジアゼピン系抗不安薬 (ロラゼパム、 アルプラゾラムなど) の治療前日・当日投与を検討する。
T-Dxdでは、 間質性肺炎を契機に死亡に至った症例が報告されており、 発現頻度も約1割と報告されていることから、 マネジメントには注意が必要である。 T-Dxdによる間質性肺炎には明確な好発時期は報告されておらず、 治療期間を通じて発現する可能性がある。
▼早期発見には検査やモニタリングが重要
投与開始前には、 必ず胸部CT検査、 胸部X線検査、 動脈血酸素飽和度 (SpO₂) 検査、 血液検査 (KL-6、 SP-D) を行う。 また、 間質性肺疾患の合併又は既往歴がないことも確認する。 間質性肺炎の早期発見のためには、 定期外来における胸部X線検査、 胸部CT検査、 SpO₂検査の実施、 および初期症状 (労作時もしくは安静時の呼吸苦、 空咳、 発熱) のモニタリングが重要である。 また患者には、 間質性肺炎を疑う初期症状が現れた際には速やかに治療を受けている医療機関に連絡するよう指導を行う。
▼間質性肺炎出現時はただちに投薬を中止
間質性肺炎が出現した場合、 ただちにT-Dxdおよびそのほかの被疑薬の投与を中止する。 急速に間質性肺炎の病勢が進行する場合もあり、 速やかに鑑別診断を行い、 感染性疾患等を鑑別の上、 ステロイド治療を早期に開始することが必要である。 ステロイドの投与量は下記⁷⁾が参考となる。
Grade 1 : ステロイドの投与を考慮する (例 : プレドニゾロン (PSL) 換算で0.5mg/kg/日以上で開始し、 改善するまで継続。 その後4週間以上かけて漸減する。 悪化する場合はGrade 2の対処法に従う。
Grade 2 : 速やかにステロイドの投与*2を開始し、 少なくとも14日間継続する。 その後4週間以上かけて漸減する (例 : PSL換算で1.0mg/kg/日以上)。 ステロイド治療開始後5日以内に改善を認めない又は悪化する場合はステロイドの増量 (例 : PSL換算で2.0mg/kg/日) および静脈内投与 (例 : メチルプレドニゾロン [mPSL] ) を考慮する。
Grade 3, 4 : 速やかにステロイドパルス療法 (例 : mPSL500~1000mg/日✕3日間) を実施後、 少なくとも14日間ステロイドの投与 (例 : PSL換算で1.0mg/kg/日以上) を継続する。 その後4週間以上かけて漸減する。 ステロイド治療開始後3~5日以内に改善しない場合は免疫抑制剤の投与や、 施設で採用されているその他の処置を検討する。
T-DxdはHER2陽性の進行胃癌に対して、 後治療において高い腫瘍縮小効果と予後延長効果を示す薬剤であり、 キードラッグの一つである。 また、 T-Dxdの2次治療における有効性を検証する第Ⅲ相試験 (DESTINY-Gastric04試験) や1次治療における最適な併用療法の探索を行う第Ib/Ⅱ相試験 (DESTINY-Gastric03試験) も行われている。 そのため、 今後T-Dxdがより前方のラインで標準治療となり得る可能性が期待され、 今以上に使用頻度が上昇すると示唆される。 その場合、 安全にT-Dxdを投与するためには、 悪心・嘔吐や、 間質性肺炎などを適切にモニタリングしながら、 発現時には適切なマネジメントを行えるよう備える必要がある。
第1回 : 総論
第2回 : トラスツズマブの安全管理
▼胃癌2次治療
▼胃癌3次治療以降
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。