【がん診療の羅針盤】 「残された治療が希望のすべて」 -選択肢を増やせば患者さんは幸せになれるのか?-
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HOKUTO編集部

2ヶ月前

【がん診療の羅針盤】 「残された治療が希望のすべて」 -選択肢を増やせば患者さんは幸せになれるのか?-

【がん診療の羅針盤】 「残された治療が希望のすべて」 -選択肢を増やせば患者さんは幸せになれるのか?-
本企画は、 4人の腫瘍内科医による共同企画です。 がん診療専門医でない方でも、 ちょっとしたヒントが得られるようなエッセンスをお届けします。 第8回は、 がん研究会有明病院院長補佐/乳腺内科部長の高野利実先生からです! ぜひご一読ください。
【がん診療の羅針盤】 「残された治療が希望のすべて」 -選択肢を増やせば患者さんは幸せになれるのか?-

治療の選択肢が減ると患者さんの不安も増す

「使える薬があるなら、 どんなにきつくてもいいので使ってください」

「治療こそが、 私にとって希望のすべてです」

「治療をあきらめたら、 あとは絶望しかありません」

「何が何でも治療を受けたいんです」

進行がんの患者さんから、 そんな切羽詰まった声を聞くことがあります。 「もう治療法がありません」 と言われ、 納得できずにセカンドオピニオンを求めてくる患者さんも、 多くおられます。

近年、 次々と新しい薬剤が開発され、 使える薬の数は確実に増えています。 治療の選択肢が増えることに希望を感じる患者さんも多いようです。

それでも、 患者さんが、 治療が進むにつれて、 自分に残された選択肢が少なくなっていくことに不安を感じる状況は変わっていません。

【がん診療の羅針盤】 「残された治療が希望のすべて」 -選択肢を増やせば患者さんは幸せになれるのか?-

治療の選択肢が増えても希望には繋がらない

治療の選択肢を、 トランプのカードに例える方もいます。

  • 残された薬物療法の選択肢の数だけ、 手元にカードがある
  • 手元のカードが、 自分に残された希望のすべて
  • 1枚のカードを場に出し、 勝負をかけるが、 効果が得られなければ流れていく
  • 手元のカードは1枚1枚減っていき、 それは、 希望が消えていくことを意味する
  • 最後の1枚を場に出し、 それが効かなければ、 絶望が訪れ、 人生も終わる

このように思い込み、 切羽詰まった思いでカードを見つめる患者さんに対して、 医療にできることは何でしょうか?

多くの医療者が思いつく答えは、 「カードの枚数を増やすこと」 です。 医師からは、 このような声を聞くことがあります。

「患者さんに希望を与えるために、 新薬をどんどん開発し、 選択肢を増やしていきたい」

「遺伝子パネル検査が患者さんの希望となるように、 普及させていきたい」

「遺伝子パネル検査結果の受け皿になるような治験や薬剤を増やし、 新薬を試す機会を増やしてあげたい」

でも、 これが、 本当に患者さんに 「希望」 をもたらすのでしょうか。 切羽詰まった思いにかられている患者さんの気持ちをラクにすることができるのでしょうか。

新薬への期待を煽ったあとで、 新薬にたどりつけなかったり、 たどりついた新薬が効かなかったりした場合は、 むしろ絶望感を強くしてしまうのではないでしょうか。

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治療の選択肢が増え、 手持ちのカードが増えることは、 医学の進歩であり、 いいことなのだろうと思いますが、 選択肢が増えるだけでは、 根本的な解決にはならず、 患者さんが幸せになるとは言えません。

実際、 ひと昔前と比べて、 治療の選択肢は格段に増えていますが、 患者さんが、 手元のカードを見ながら不安を感じている状況は変わっていません。

「こんなにカードがあって、 恵まれた時代に生まれて、 私は幸せだな」

と思っている患者さんは少なくて、

「私にはもうこれしかカードがないのか。 10年後だったらもっといい治療があるはずなのに、 今はこんな治療しか受けられなくて残念だ」

と思っている患者さんの方が多いように思います。

この先、 10年後にはもっとカードが増えていくでしょうが、 人々の考え方が変わらなければ、 10年後の患者さんも、 きっと同じ不安を抱き続けているはずです。

そして、 「10年後だったら」 と残念がっている患者さんは、 たとえ、 10年後にタイムスリップできたとしても、 さらに10年後を夢見てしまい、 目の前にあるカードでは満足しきれないのではないか、 とも思います。

どんなにカードの枚数が増えても、 カードに希望を託し、 カードのことばかり考えて過ごす考え方を変えない限り、 「希望」 が失われていく感覚や、 それに伴う不安や絶望感は解消しません。

治療とは病気への向き合い方の一部に過ぎない

カードを増やすこと以上に重要なのは、 治療そのものが 「希望」 だというイメージから離れることなのではないかと、 私は思っています。

治療というのは、 単なる道具にすぎません。 道具というのは、 何かの目的があって使うものであって、 それを使うことが目的ではありません。 希望をかなえるために使うのが治療であって、 治療すること自体が希望ではないのです。

でも、 治療こそが希望のすべて、 だと思い込んでいる患者さんは少なくありません。 医療者の方も、 治療を行うのが自分の使命だと思い込んでいたりします。 その結果、 診察室で話し合われるのは、 治療のことばかりになってしまいがちです。

患者さんも、 医療者も、 大切なことを忘れているのではないでしょうか。

それは、 何のために治療するのか、 という目標です。

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目標に近づくのに役立ちそうな道具があれば使えばいいし、 目標に逆行してしまいそうな道具は、 使わずに置いておけばいいのです。 道具を使うのが希望で、 使わないのが絶望だなんて、 そんなイメージは後からついたもので、 惑わされる必要はありません。

治療というのは、 病気への向き合い方の一部にすぎず、 また、 病気というのは、 人生の一部にすぎません。 これは、 特別なことを言っているのではなく、 冷静に考えたら、 当然のことです。

それなのに、 患者さんは、 治療のことで頭がいっぱいになると、 「治療が人生のすべて」 だという考えに陥りがちです。 この考え方をリセットし、 イメージを抜け出ることができれば、 より冷静に病気と向き合い、 治療に取り組めるのではないかと思います。

「治療」 より 「人生」 に目を向けてもらう

医療者がすべきなのは、 治療だけに向いている患者さんの視線を、 治療よりもずっと大きな 「人生」 に向けてもらうことです。 大げさなことでもなく、 「今までどおり、 手元のカード以外のものに目を向けてみませんか」 というくらいの感覚です。 遠くのものだったり、 身近な大切なものだったり、 もともと普通に見えていたものを思い出してもらうだけで十分です。

治療のことは一旦脇に置いておき、 「今何をしたいのか」 「何を大切にして生きていきたいか」 「日々どのように過ごしたいか」 を、 患者さんに聞いてみることをお勧めします。 仕事のこと、 家族のこと、 趣味のこと、 いろんな話ができるはずです。 そんな雑談もした上で、 その患者さんに最も適した道具を探してみてはいかがでしょうか。

「とにかく治療を」 とおっしゃる患者さんには、 「何のために治療をしたいとお考えですか?」 と尋ねてみてもよいでしょう。 けっして問い詰めるのではなく、 やさしく問いかけて傾聴する姿勢が重要です。

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ただ、 多くの患者さんから返ってくるのは、

「何のためかなんてどうでもよくて、 とにかく治療しなきゃダメなんです」

という答えだったりします。

何かのための治療ではなく、 「治療のための治療」 になってしまっているんですね。

「治療のために生きているのではなく、 生きるために使う道具の一つが治療なんですよ」

「治療を受けるかどうかを考える前に、 どのように過ごしていきたいのか、 そのために必要なのは何かを考えるのがよいのではないでしょうか」

「治療よりも人生の方が大切ですよね。 治療中心で考えるのではなく、 人生中心で考えてみてはどうですか」

といったことを丁寧に説明していきます。

今回取り上げたテーマに限らず、 がん患者さんの多くは、 がんにまつわる過剰なイメージに苦しめられているように思います。 患者さんが、 イメージのせいで道に迷ってしまわないように、 医療者に何ができるのか、 どのような言葉をかけるのがよいのか、 これからも考えていきたいと思います。

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。

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