MDアンダーソンがんセンター感染症科 松尾貴公
2日前

クルーズ船で発生したハンタウイルス感染症のアウトブレイクにより、 複数の確定例と死亡例が報告され、 「ヒト-ヒト感染」 の可能性が大きな話題となっています。
本稿では2026年5月7日にBMJ Newsに掲載された記事¹⁾を基に、 ハンタウイルス感染症の基礎知識について松尾貴公先生 (MDアンダーソンがんセンター感染症科) に解説いただきました。
Hantavirus: What you need to know. BMJ. 2026 May 7:393:s877.
ハンタウイルスは単一のウイルスではなく、 Hantaviridae科に属するRNAウイルス群である。
主な自然宿主はマウス、 ラット、 ハタネズミなどの齧歯類である。 ヒトへの感染は、 基本的に齧歯類の尿・糞便・唾液に含まれるウイルス粒子への曝露によって成立する。 特に、 空気中に浮遊した粒子を吸入することで感染するとされている。
世界全体では比較的稀な感染症であるが、 年間約1万~10万件の感染が報告されている。
前述のように、 ハンタウイルスは通常、 「齧歯類からヒトへ」 感染する。 しかし、 Andes株では稀ながら 「ヒト-ヒト感染」 が報告されている。 特に、 同居家族や長時間の濃厚接触など、 近距離で長時間接触する状況で感染が成立すると考えられている。
今回のクルーズ船アウトブレイクでは、 南アフリカ当局が2例でAndes株を確認し、 一部に 「ヒト-ヒト感染」 が存在する可能性が示唆されている。
ハンタウイルス感染症は、 腎症候性出血熱 (HFRS) とハンタウイルス心肺症候群 (HCPS) に分類される。
いずれも、 通常感染後1~4週間で症状が出現するが、 曝露から最大8週間後に発症することもある。 初期症状は比較的非特異的で、 高熱や頭痛、 背部痛、 下痢、 嘔吐など、 インフルエンザ様症状を呈する。
HFRSは、 1950年代に朝鮮戦争中の米兵で初めて報告された。 以前は韓国出血熱 (Korean hemorrhagic fever) とも呼ばれていた。
現在は東アジア、 特に中国で最も多く報告されており、 ロシア、 韓国でも発生している。 また、 北欧の一部には比較的軽症型の株も存在する。
軽症で経過する症例もあるが、 低血圧や出血、 腎不全などを引き起こし、 稀に死亡することもある。 致死率は株によって異なり、 1%未満~約15%まで幅がある。 また、 特に70歳以上ではリスクが高いとされている。
HCPSは、 1993年に米国南西部のFour Corners地域*で発生した重症呼吸器感染症のアウトブレイクの際に、 初めて報告された。 現在は米国、 カナダ、 アルゼンチン、 ブラジル、 チリなど、 南北アメリカを中心に報告されている。
初期症状の後、 比較的早期に心肺症状へ進行する。 咳嗽や呼吸困難が出現し、 重症例では肺水腫、 呼吸不全、 ショックへ急速に進行することがある。
また、 一般的にHCPSはHFRSより重症であり、 死亡率は最大50%とされている。
現時点で、 世界的に承認された治療薬やワクチンは存在しない。 治療は支持療法が中心となる。 特に呼吸・循環管理が重要であり、 必要に応じて人工呼吸管理、 血液濾過、 膜型人工肺 (ECMO) などが行われる。
なお、 HFRSの早期段階では、 抗ウイルス薬リバビリンに一定の有効性があるという報告がある。 また、 輸液による血圧維持、 血小板輸血、 血液透析、 持続的腎代替療法が必要になる場合がある。
2026年5月4日時点で、 MV Hondius号ではハンタウイルス感染確定例が2例、 疑い例が5例報告され、 このうち3例が死亡した。 少なくとも2例は60代後半~70代であった。 さらに、 スイス・チューリッヒでも追加症例が確認されている。
WHOは現時点で、 「公衆衛生上の啓発は、 早期診断、 迅速な治療、 曝露リスク低減に重点を置くべきであり、 通常の観光活動で齧歯類やその排泄物へ曝露するリスクはほとんどない」 としている。 一般市民へのリスクは 「低い」 と評価しており、 渡航制限や貿易制限は推奨していない。
BMJ Newsでは、 感染症専門家は 「潜伏期間中の追加症例の可能性はある一方、 大規模アウトブレイクの可能性は低い」 と評価している¹⁾。

ハンタウイルスは日常診療で頻繁に遭遇する感染症ではありません。 しかし、 一部の病型では急速に呼吸不全へ進行し、 高い致死率を示すことから、 感染症診療では基本的な知識を押さえておくことが重要です。
現在、 ハンタウイルス感染症について世界的に厳格な注意喚起が行われています。 ただし、 現時点ではWHOを含む各機関は一般市民へのリスクは低いと評価しており、 大規模アウトブレイクの可能性は低いとされています。
一方で、 今回特に注目されている理由として、 Andes株では稀ながらヒト-ヒト感染が報告されている点が挙げられます。 潜伏期間内の追加症例が今後報告される可能性が指摘されており、 症例数の推移や疫学的解析には引き続き注意が必要です。 また、 国際移動やクルーズ旅行に伴う感染症として世界的に関心が高まっており、 今後さらに情報が更新される可能性があります。
現時点では過度な懸念は不要と考えられていますが、 最新情報を継続的に確認しながら状況を慎重に見ていくことが重要です。

<出典>

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編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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